世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2293
世界経済評論IMPACT No.2293

私たちは何を選択するのか:9.11,3.11そして2021

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2021.09.27

 主要国の中で日本だけが,四半世紀も経済成長していない。「将来世代に負担を残さない」という言葉は悪質な印象操作であり,国民は借り手ではなく,貸し手である。日銀資金循環統計を時系列に見れば一目瞭然だが,政府債務の増加に並行して家計資産が増えてきた。政府債務の海外保有分は13.2%に過ぎない。日本の対外純資産が世界一なのは,緊縮財政を正当化する印象操作によって国内投資を萎縮させた結果である。そして,将来世代に引き継ぐべき資産を毀損し続けてきた。

 また,大企業のコスト削減要求に必死に協力してきた中小企業を,単に低生産性として整理統合する動きがあるが,そんなことをすれば,さらに技術が韓台中へ流出する。

 政府の責務は,政府の財務諸表をきれいにすることではなく,国民の資産と雇用を守ることであり,国際金融資本の思惑とも区別しなければならない。

 政府の新型コロナ対策に納得感が低いのは,データや根拠を示さず,漠然とした方針しか示さないためであろう。医師会長が「根拠ははっきりしないが,GoToトラベルが感染拡大のきっかけになった気がする」と平気で言えてしまうのは,社会的病理と言うべきではないか。

 日本の病床数は,人口比でOECD平均の2.8倍(2017)ある。それでも一般病床の空きがないというのは,日本の平均入院日数が突出して長いためだ。無論,日本人が病弱なためではなく,寝たきり老人や「念のため入院」が多いからである。医師法には「医師の応召義務」が規定されているが罰則がなく,忌避も自由。そして東京都では,新型コロナの在宅療養者への往診を医師会に委託したため,会員でない医師は往診できない。

 業界団体は,個人と国家をつなぐ中間共同体として必要だが,政治献金と引き換えに,開業医中心の団体の個別利益が公益を損う行政が行われてはならない。

 2021年,自民党総裁選に続く衆議院選挙は,将来世代が住む日本のありようを決める大切な選択となる。今回の選挙では,誰がいいのかではなく,何をすべきかを候補者にぶつけていく有権者になりたい。

 2001年の9.11によって,米国はアフガニスタンで対テロ戦争を始めたが,20年かけて失敗した。イラク戦争,アラブの春も含めて,民主化は進展せず,混乱だけが残された。民主より,国際金融資本や軍産複合体の利益が重視されたとしか思えない。

 米国による民主化は,日本の占領統治では成功したと言われている。それは,日本には古代から民を大切にする,古事記に書かれた「天皇がシラス国」という考えがあったからだろう。シラスとは「民の生活を知って心を一つにし,民の幸せを神々に祈り,民は天皇の心を知って励みとする」ことと理解される。

 2011年の3.11では,被災した人々が天皇皇后両陛下の訪問に励まされ,亡くなった人たちの分も生きようと復興へ向かう姿を見て,「天皇がシラス国」ということが実感された。

 日本は,1万3千年も平和に定住した縄文人が,長江流域から水稲を伝えた渡来人や,大和朝廷成立を助けた秦氏などの帰化人を受容し,共生して築かれた。その中で形成された,私欲や保身に走らぬ利他主義の国民性を,大切にしたいと思う。

 大陸では,異民族が交差し,負ければ皆殺しか奴隷の戦争を繰り返した。その中で形成された民族性は,日本と大きく違う。日本の利他主義を変えたくないと思うが,大陸の諸民族は大きく違うことを理解し,適確に対処できることは必要だ。

 9.11後,中国は対テロ戦争に踏み切った米国への全面協力と引き換えに,ウイグルなどの反政府活動をテロとして弾圧することを容認させた。その弾圧は,実は民族を問わず,中国共産党の統治を受け入れないことが罪なのである。2008年のチベット争乱後,2017年まで150人が抗議の焼身自殺を遂げた。それが途絶えたのは恐らく,抗議者の家族に厳しい締め付けが行われたためと思われる。日本でも,中国籍の人が政府批判をしていると,「政府に協力しないと故郷の家族が不便な思いをするぞ」と圧力を受ける話が増えている。日本国内で外国機関が言論弾圧を行うことを,許してはならない。

 中国は,既成の秩序が有利なら従うが,不利だと思えば従わない。そうした原則での拡張主義は,国際社会の脅威である。中国による南シナ海の一方的現状変更や台湾への武力侵攻は,東南アジアやインド洋へのシーレーンを封鎖される可能性を強いられる日本にとって,容認することはできない

 7月5日,麻生副総理が,台湾有事は日本の存立危機事態に当たる可能性があり,そうなれば日米で防衛しなければならないと発言した。すると中国の軍事評論サイトに,中国の核兵器使用原則「先制不使用と非核保有国への不使用」について,日本を例外とすべきだという投稿が載り,200万の好評価が付いた。つまり,台湾統一の邪魔をしたら核攻撃するという恫喝である。

 中国は,日本に照準を合わせた大量のミサイルを配備している。北朝鮮も核とミサイルの実験・配備を行い,中国と同様に高レベルのサイバー攻撃を実行中である。韓国もイージス艦を配備し,潜水艦発射ミサイルの実験を行なった。反日を政治資源とする国は世界で3つしかないが,いずれも日本への脅威を強めていることには,適確に対応すべきである。

 憲法9条は,人類史上で日本の75年間しか存在しない条項であり,それで平和が守られる可能性があるなら,他国もせめて研究くらいするはずである。

 冷戦時代,スイス政府が国民に配った『民間防衛』の第1章には,「侵略は武力をもって行うだけではない。努力しなくても侵略されないという幻想を吹き込むことが,最も巧妙な侵略である」と書かれていた。ロシアが侵攻する前のウクライナでは,政府も国民も,侵略などありえないと思い込んでいたと,ウクライナ人のナザレンコ・アンドリー氏などが述べている。

 戦後の日本以外では,軍事,インテリジェンス,外交は三位一体である。冷戦後の時代に転機が訪れている今,政府の責務を再確認して,選挙に向き合って行きたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2293.html)

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