世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2249
世界経済評論IMPACT No.2249

デジタル通貨は暗号通貨を駆逐するか

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2021.08.09

暗号通貨は駆逐されない

 結論から言えば,デジタル通貨は暗号通貨を駆逐できず,暗号通貨はデジタル通貨時代にも大いに用いられるだろう。その理由を,通貨としての利用,資産としての利用,データベースとしての利用の面から説明したい。

 暗号通貨は1万種類以上あり,様々な特徴を持ったものも登場している。本稿では議論を簡明にするためにビットコインを取り上げ,円やドルなどのフィアットマネーとの違いを見ていくことにする。フィアットマネーのデジタル通貨は,現在のところ日本の電子マネーのようにアプリやカードにチャージして使われている。将来は様々な形で発行されるだろうが,発行形態は議論の本質に関係ないことが分かるだろう。

通貨としての利用

 暗号通貨は仮想通貨とも呼ばれており,支払い手段として世界中で利用が着実に増えている。ビットコインの利点は銀行口座がない人も利用できる金融包摂と国境を越えたクロスボーダーの送金にある。チャージ型のデジタル通貨は,ビットコインと同じレベルの金融包摂を実現できるようになるだろう。デジタル通貨のクロスボーダー取引ではフィアットマネー間の交換という大きな壁があり,地球規模の決済システムが構築されるまではビットコインに優位性がある。しかし,この点も将来は解決され,デジタル通貨の利便性は高まるだろう。

 かなり先にはなるものの,利用者にとってはデジタル通貨とビットコインの違いはなくなる。その意味では駆逐される可能性もあるが,人々はデジタル通貨以外の選択肢の存続を望むだろう。

資産としての利用

 ビットコインへ投資する人々はますます増えている。短期的に価格が大きく変動することから投機的な参加者も多いが,長期投資の対象とみなす人は増え続けている。投資家の動機は様々だが,ビットコインの発行上限が決められているということが最も大きな理由となっている。ビットコインの発行上限は2100万BTCであり,すでに1877万BTCが発行済みになっている(上限に達するのは2140年)。発行量を人為的に変更できない仕組みになっており,これが長期投資家の信頼につながっている。

 一方で,フィアットマネーは政治的な思惑により大量発行されることが歴史上何度も観察されており,現在でも先進各国の中央銀行は過剰な流動性を供給し続けている。人為的なインフレによって,人々の購買力や資産の実質価値は目減りする。歴史を振り返ると,フィアットマネーで資産形成してきた人々がその価値を失う事態は何度も発生している。不動産,宝飾品,金などの実物資産や外貨などに分散投資することも可能だが,一般の人々にはハードルが高い。その点,ビットコインには発行量増加による人為的な価値下落がなく,入手も簡単で容易に投資できる。

 ビットコインの価格は傾向的に上昇しているが,これはフィアットマネーの価値が傾向的に下落していることと対をなしている。デジタル通貨にマイナス金利を適用させるような議論もあり,人々が自分の資産を守るために暗号通貨に注目するのは当然だといえる。

データベースとしての利用

 本稿の議論から外れるが,データベースとしての利用はビットコインの重要な存在意義となっている。ビットコインの取引記録はビットコインのブロックチェーンに記載されており,現在のところ,このデータベースの改竄は成功していない。個別銀行のシステムや国際送金ネットワークにはハッキング被害が発生していることから,ビットコインのブロックチェーンの方が堅牢だといえる。企業や団体が独自にブロックチェーンを立ち上げる例も多いが,ビットコインのブロックチェーン利用はますます盛んになっている。

 データベースとしての利用は,データベースが堅牢であるという事実に支えられている。ビットコインが未来永続的に使われるとは限らないが,暗号通貨がデータベースとして今後も使われ続けることは確実だといえるだろう。

恣意性の有無がポイント

 デジタル通貨が暗号通貨を駆逐するとしたら,政治的な思惑や人の決定から完全に独立し,発行量が機械的に決められるようになるときだろう。そのような事態が起こることは全く考えられないことから,今後も通貨や資産として暗号通貨を保有する人は増え続けるだろう。データベースとしての利用の面では,堅牢さに加えて,中央集中的な管理者存在しないことで管理者が恣意的にデータを改竄できないことも重要な点となっている。

 つまり,暗号通貨の利点は恣意性の排除にある。人間の判断は常に正しいわけではなく,むしろ間違うことの方が多い。暗号通貨は人間の判断力へのアンチテーゼなのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2249.html)

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