世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2247
世界経済評論IMPACT No.2247

米貿易促進権限(TPA)法:民主党多数の議会では復活は困難

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.08.09

民主党のTPA法復活意欲は低い

 8月2日付の本コラムNo.2243では,2015年貿易促進権限(TPA)法の失効とバイデン政権の対応,およびTPA法に至る歴史的経緯をみてきた。今回は,与党民主党がTPA復活の大きな障害となっている現状を検証する。

 議会でTPA復活法案を主管する委員会は,下院が歳入委員会,上院は財政委員会である。合計43人(民主党25人,共和党18人)から成る下院歳入委員会のニール委員長(マサチューセッツ州選出)は,2002年TPA法案にも2015年TPA法案にも反対票を投じた,TPA法制定に対する不動の反対派である。

 一方,上院財政委員会(合計28人,内訳は民主党14人,共和党14人の同数)のワイデン委員長(オレゴン州)は,2002年TPA法案にも,2015年TPA法案にも賛成した。最も重要な二つの委員会の委員長が真逆の立場だから,現在の民主党はTPA復活で一本化はできない。

 しかも民主党は,2000年以降,全体としてTPA法制定に反対の傾向を強めている。2000年以前は,両党間に大きな差異はなかったが,経済のグローバル化,輸入の増大,製造業雇用の減少などで2000年以降は,民主党は関税・非関税障壁の引き下げを進めるTPA法制定に反対する党になった。上記のニール歳入委員長のほか,ペロシ下院議長(カリフォルニア州),上院では最高実力者のシューマー院内総務(ニューヨーク州),予算委員長のサンダーズ(バーモント州,無党派)などの大物議員はいずれもTPA反対派である。バイデン大統領もデラウエア州選出の上院議員だった2002年には,TPA法案に反対票を投じている。

 民主党のTPA法案に対する投票実績をみれば,民主党がいかにTPA法制定に消極的かがわかる。米国議会図書館のcongress.gov.は,過去の全法案の審議結果を詳細に記録しているが,これによると次のとおりである。

 2002年TPA法案に賛成した下院議員の党派別構成は,民主党11.6%,共和党88.4%。反対した下院議員は民主党86.3%,共和党12.7%。上院は下院とやや異なるが,賛成した上院議員は民主党31.3%,共和党67.2%。反対した上院議員は民主党85.3%,共和党14.7%,であった。

 2015年TPA法案も傾向は同じで,賛成した下院議員は民主党12.8%,共和党87.2%。反対した下院議員は民主党76.0%,共和党24.0%。上院では,賛成した議員は民主党21.7%,共和党78.3%。反対した議員は民主党81.6%,共和党13.2%,であった。(2002年,2015年ともに合計が100%にならないのは無党派議員を除外したため)

2015年TPA法:明暗を分けたTPPとUSMCA

 近年の民主党の左傾化は,TPA法制定反対の傾向をさらに強めるとみられる。結局,共和党が上下両院で多数派となり,かつ民主党の反対を凌駕する議席差をもつ時,しかも大統領がTPA法の制定に意欲的でなければ,TPAの復活は難しい。2002年(ブッシュ政権)も2015年(オバマ政権)も,共和党議員が提出したTPA法案を共和党多数の議会が可決した。可決時の議席差(共和党議員数-民主党議員数)は2002年が下院24,上院2,2015年は下院59,上院8であった。

 2002年TPA法が施行されていた5年間は,ゼーリック,ポートマン両USTR代表のもとで11ヵ国と自由貿易協定(FTA)を締結し,発効させた。まさにFTAの全盛期で,TPA法はその効果を十分に発揮した。なお,ポートマン代表は現在オハイオ州選出上院議員。バイデン大統領提案のインフラ投資計画に対する超党派の調整役として重要な役割を果たしたが,3期目は求めず,2023年1月の引退を表明している。

 一方,2015年TPA法の6年間は,オバマ政権1年半,トランプ政権4年,バイデン政権半年に細分される。オバマ民主党大統領は共和党議員の支持を得てTPA法を制定し,フロマンUSTR代表によりTPP(環太平洋経済連携協定)交渉を完結させた。しかし,民主党の反対で,オバマ大統領は悲願のTPP発効を実現できず,後任のトランプ大統領はTPPから離脱してしまった。結局,2015年TPA法のもとで発効した貿易協定は,USMCAの1本だけに終わった。

 しかし,USMCA発効はライトハイザーUSTR代表の功績でも,トランプ大統領の功績でもない。USMCAは,下院で2019年12月に賛成385,反対41,上院で翌年1月に賛成89,反対10の大差で可決されたが,いつもなら反対する民主党議員の8割が上下両院でUSMCAを支持した。これは,USMCA協定の労働に関する規定が厳格化され,メキシコ側の違反を是正しやすくしたからである。協定変更の最大の功労者が,現在のUSTR代表キャサリン・タイである。

 当時,ニール下院歳入委員長のもとで首席通商顧問を務めていたタイは,この功績が高く評価され,バイデン次期大統領からUSTR代表に指名された。上院本会議は超党派の全会一致でタイを承認したが,反対ゼロで承認されたバイデン政権の閣僚・閣僚級は唯一タイ代表だけである。なお,USMCAに反対票を投じたのは,上院ではハリス議員(現副大統領),シューマー院内総務,サンダーズ予算委員長などで,ペロシ下院議長,ニール歳入委員長は賛成に回った。

 「2015年のTPA法案を巡る激しい攻防は,米国の通商法制史上,最大の事件のひとつ」(Politico Weekly Trade, June 28, 2021)といわれる。しかし,2015年TPA法が施行されていた6年間の党派対立の激しさも異常であった。修復不能といわれる両党の対立は,今後のTPA復活審議に大きな影響を及ぼすことになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2247.html)

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