世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2188
世界経済評論IMPACT No.2188

日台相互支援の絆:台湾の義援金,マスク援助と日本のワクチンによる恩返し

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.06.14

 6月4日午後2時58分(日本時間午後3時58分),日本航空JAL809便は台湾・桃園国際空港に到着した。この便に待望のアストラゼネカ製のワクチン124万回分が搭載していた。5月中旬ごろから台湾で新型コロナが蔓延し,注文したワクチンの到来が非常に遅く,住民の不満が高まった。解決策を求めるため,蔡英文政権担当者は苦慮し,このワクチンの到着はまさに“恵の雨”である。

 5月24日夜,駐日米国大使館臨時大使ジョセフ・ヤングは,台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)の公邸に謝長廷代表(大使)を訪問した。薗浦健太郎(衆議院議員,自民党副幹事長)も同伴して,コロナ禍とワクチンについて意見を交換した。薗浦は「日本がアストラゼネカ製のワクチンを台湾に譲る動きがある」と提起した。ヤング氏は「グットアイディア(うまい着想)だ」と賛成した。薗浦の報告を受け,安倍晋三前首相は「すぐにやろう」と応じた。国有財産のワクチンの譲渡は財務省の了解が必要にため,麻生太郎副総理兼財務相に報告し,菅義偉首相の了解が得られた。薗浦は外務副大臣を歴任した経験があるため,外務省に働かけた。

 ワクチンを国際的枠組み「COVAX(コパックス)」経由の分配方策が考えられたが,COVAXを通じると配送が遅くなり,台湾よりもコロナ禍の感染者が多い国に回される可能性がある。一部の人間はCOVAXを通過した方が多くの問題を解決することができると示したが,安倍曰く,「台湾が欲しいワクチンは量ではなく,速度である。緊急に贈呈することが急務」。鶴の一声があって,日台間の相互援助の一環として提供するようになった。以上は『産経新聞』から報道された経緯である。

 謝長廷代表は自身のフェイスブックに「国(台湾)が特殊な境遇(中国からの抑圧)を受け,国際間ではワクチンの争奪が激しいなか,ワクチンが航空機に乗るまで,何時も変更されるリスクがある」,「これらのワクチンが故郷に無事到達するよう見守ることが任務である。やむを得ず,最後まで徹底的に秘密保持を貫いた」と書いた。謝代表は成田空港に行き,ワクチンのJAL809便搬入から離陸まで現場で立ち会っていた。

 日台の相互支援の絆は極めて深いプロセスを歩んできた。2011年東日本大震災時,台湾の官民から220億円以上の義援金が送られた。世界各国からの義援金額に比べて飛び抜けて多い額である。2020年4月コロナ禍で日本国内のマスク不足時,台湾から200万枚のマスク(注1),大量の医療用ガウンが医療現場に送られた。台湾からの温かい恩を感じている日本人は多い。今回のワクチンの提供は友情の証明である。同じく,民主的価値を共有する国家間の人道援助も高く評価される。

 6月4日夜,台湾のテレビ番組「時代向銭看」に出演した産経新聞台北支部長の矢板明夫は日本からのワクチンの援助によって,中国が目論んだ3つの計画がご破算になると語った。すなわち⑴ワクチンの不足によって,台湾の民衆を通じて台湾政府に対する信頼を打撃する。⑵ワクチンの不足によって,台湾の社会を分断化する。⑶ワクチンの不足によって,中国の台湾に対する影響力を拡大する。

 なぜ124万回分のワクチンなのかについては,日本政府の手持ちワクチンの総量が124万回分だったという。この番組の有名な女性司会者の陳凝觀は,大型テレビ画面に映された32年前(1989年)6月4日の『中国時報』新聞紙掲載タイトル「天安門早朝2時58分,戦車による惨殺」を指し,ネットでの噂を説明し,矢板支局長に尋ねた。日本のワクチンが台湾に到着したのも6月4日午後2時58分,この時刻の一致は日本政府が意図にアレンジしたのか。矢板は5月24日の台湾大使館での意見交換で,直ちにワクチンの台湾贈呈を最短(10日間)で届ける手配を重ね,その結果偶然にこの時刻になった。日本政府にその意図はなかったという。

 ワクチン到着の6月4日夜,世界第10位の高層ビル「台北101」(高さ509メートル)の外壁に「台日の絆と感謝」と日本語で記されたほか,「台湾・ハートマーク・日本」などの文字が点灯された。また,グランドホテル台北(圓山大飯店)は客室照明で「カンシャ」(感謝)のカタカナ文字を映し出し,ワクチンの提供に感謝の意を示している。

 5日,日本政府に感謝する胡蝶蘭などの花カゴ・鉢が,台北市内の日本台湾交流協会(大使館に相当)に続々と届けられている。交流協会の公式フェイスブックのホームページに贈呈された胡蝶蘭など多くの感謝の花の写真と写真の右下に「日台友情(Always Here)」の文字が書かれている。

 日本が入手したワクチンは⑴ファイザー製の1億9400万回分(9700万人分),⑵モデルナ製の5000万回分(2500万人分),⑶アストラゼネカ製の1億2000回分(6000万人分)である。今回は日本で接種しない余ったアストラゼネカ製ワクチンを援助した。

 Youtubeやフェイスブック,ツイッターなどを見ると,日本の国民の9割以上は,台湾へのワクチン提供に賛成の意見が集まっている。しかし,2011年東日本大震災時,台湾から220億円以上の莫大な義援金が送られたが,なぜ日本政府はファイザー製やモデルナ製でなく,(血栓が発生しやすく,保護度合いが劣っている)アストラゼネカ製なのか,誠意が足りないではと一部の日本人は厳しく指摘している。

 民主国家の長所は多様な意見を容認する社会である。5日,桃園国際空港のアメリカ行き便に多くの旅客が列をなして並んでいる。コロナ禍で空港がガラガラ状態の中で異例な光景である。テレビ局のインタービューに対し,ファイザー製やモデルナ製の接種ができない台湾人旅客はアメリカで接種(アメリカでは誰でも無償で自由に接種ができる)するという。政権にたいする無言の抗議とも捉えられる。

[注]
  • (注1)朝元照雄「台湾に学ぶ:新型コロナウイルス対策はなぜ成功したのか?」『世界経済評論』Vol.65,No.1,通巻712号,2021年1/2号,2020年12月
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2188.html)

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