世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2112
世界経済評論IMPACT No.2112

グローバル・スタンダードの多様化:農産物の場合

梶浦雅己

(愛知学院大学 教授)

2021.04.12

 前回,水産物のグローバル・スタンダードについてコラムを掲載後,かなり時間が経過したことをお詫びする。プライベート・スタンダード(private standard:以下PSと表記する)は鉱工業,ICTのみならず,水産業や農業へも展開している。

 具体例として,GAPは農作物や家畜および水産養殖ついて,生産のみならず,これに関わる事柄についての内容を包含する代表的なPSである。これは,当初1997年に発効したEU発祥のユーレップGAP(EUREPGAP)として発効されたが,2007年にGlobalG.A.P.へと発展的に改称された。G.A.P.は,GOOD(適正な),AGRICULTURAL(農業の),PRACTICES(実践)を意味している。PSとしてのGLOBALG.A.P.は認証標準であり,約120か国に普及した。

 近年,グローバル・リテーラーはGLOBAL G.A.P.などの国際認証を取得した生産者からの仕入れを優先するようになっている。GLOBALG.A.P.認証品は,グローバル・リテーラーに一種のブランドとして受け止められ評価されている。一般に,認証は食品安全,労働環境,環境保全に配慮した「持続的な生産活動」を実践する優良企業をブランドとして評価し,取引先の信頼性向上,企業価値向上に貢献すると考えられている。また生産者にとっては,生産者が,安全で持続可能な農業を実践し地域経済に貢献している評価証明として機能し,トレーサビリティーを確立することによって取引先や消費者の信頼確保,透明性確保のための手段として機能するのである。GLOBALG.A.P.の実践により,生産者側の産地にもたらされる具体的な特徴としては,販路拡大(国内および海外への輸出,海外からのインバウンドに対応),経営改善(生産工程の明確化による生産性の向上,資材コストの削減),教育効果(新人・外国人労働者へ効果的な訓練実施による意識向上),リスク管理(生産者としての責務,緊急時のリコール体制の確立)がある。

 一般に公的規制とPSは異なる特徴を持つが,外国参入する企業にとっては,両方ともに人々に有益となることがある。まず政府規制は疫病や微生物汚染を防御することを目的としており,一方のPSは健全なグローバル・バリューチェーンの管理を維持するためにリスク回避を図ることを目的としており,結果として前者は国民,後者は消費者を保護することになる(Machida & Nabeshima:2017)。

 GAP名称を冠するPSについては,地域や国によって異なる認証標準が多様に存在している。例えば,我が国にとって主に直接関係するものとしても数種類がある。これらはいずれも第三者機関の審査により,GAPが正しく実施されていることが確認するための認証標準である。しかしGAP名称がついていても,詳細を見ると認証の内容や趣旨が異なり,厳密に見れば異なり,多様化したマルチ標準となっている。その中で総じて最も普及し有力なのが,冒頭に紹介したEU発祥のGLOBALG.A.P.である。GLOBALG.A.P.の普及については,政府など公的セクターと私的セクターが普及プロセスに影響を与えている。普及プロセスには4つのモードで進展する。モード1ではPS認証を取得する途上国生産者が増加するモードである。次にモード2では,PSを政府が貿易促進ないしは抑制のツールとして利用するモードである。さらにモード3では私的セクターが,モード4では生産地である各国政府が有力な国際PSを参照,参考とし,同様かつ類似する現地(国内や地域内)PSを策定するモードである。モード4の生産地政府は,外国市場へのアクセス権を得るため,自国農水産業の実践レベルを向上するため,現地標準とのハーモナイゼーションを目的としている(Michida & Nabeshima:ibid.)。すなわちGAPとは外国市場アクセスを達成するために普及モードを発展させるグローバル・スタンダードなのである。

 近年,日本においてもイオン,コストコ,コカ・コーラなどがGLOBALG.A.P.をグローバルな調達規格として採用することを標準化している。世界的には,多様なリテーラーがこのPSを採用しており,EUではほとんどのスーパーマーケットがGLOBALG.A.P.を調達規格としている。端境期や天候不順などで認証農産物が不足するような場合は,グローバルな調達規格であるがためにグローバルに調達することも可能となる。例えばGLOBALG.A.P. Version5の野菜・果樹認証における管理点は218あり,食品安全99項目,トレーサビリティー22項目,作業従事者の労働安全と健康28項目,環境(生物多様性を含む)69項目がある。すなわちGLOBALG.A.P.の実践は,グローバル・バリューチェーンを柔軟かつ安定して維持し,機能させている。

*本稿に関連する詳細な論考は,「プライベート・スタンダード研究の動向:国際標準の多様化」(世界経済評論インパクトプラス No.19)を参照ください。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2112.html)

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