世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2104
世界経済評論IMPACT No.2104

RCEP成立への懸念:China as No 1を意識し始めた中国を念頭に

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2021.04.05

 “自由貿易協定(FTA)”という,同じ概念の土俵でも,自分に力があった場合とそうでなくなった場合とでは,裨益の度合いは異なってしまう。昨年11月に交渉が妥結し,来年1月の発効が目標(中国商務省発表)とされるRCEP(東アジア包括的経済連携協定)。対中競争力が相対的に低下している日本並びに日本企業にとって,事前想定通りの利益を生むスキームになるのか,心配性の筆者は懸念と危惧を払拭出来ない。

 国際政治の空白期に事態は動く。今回のRCEPなどまさにその適例。過去9年余,遅々として進まなかった交渉が,一昨年以来,急に熱気を帯び始め,その余勢で昨年の11月,一気に妥結に辿り着いたのは何故か。そこに中国の意図を感じるのは至極当然。そういえば,同じ時期,中国はEUとの投資協定も締結に成功しているではないか…。

 要は,この時期の,2つの経済関連協定妥結は,妥協内容の詳細が明らかになっていないのであくまでも推測だが,中国側の大幅譲歩なしにはあり得ない話。言い換えると,中国は,どんな譲歩をしても,これらの協定交渉を,あのタイミングで妥結させることに拘ったのだろう。つまり,そこには中国の戦略意思があったと見做すべきなのだ。

 そもそも,メガ・サイズの広域経済連携協定【拡大EUであろうと,NAFTAであろうと】の時代背景にも,国際政治の空白があった。それは,冷戦の崩壊(1989年)であり,計画経済が市場経済に敗れた,との神話であった。ソ連の瓦解で国際政治のスキームが変わるなか,先ず米州大陸でNAFTA(1992年交渉妥結,94年発効)が,次いで1990年代半ば以降,欧州でもEUが拡大を開始(最終的に27カ国)。それに比し,アジアはどうすれば良いか,当時未だ世界第2位の経済大国だった日本が考えついたアイディアこそ,東アジアに広域経済圏の創出を,というものだった。

 個別の経緯を話し始めると切りがないので,結論だけを記すと,先ずは,ASEAN各国との間で自由貿易協定を結ぼうとする日本のアイディア。ところが,それまでFTAに何ら関心を示さなかった中国がいきなり交渉に参陣してくる。何があったのか…。そこにも亦,国際政治の影が色濃く反映されていた。1995年~96年の台湾海峡クライシスである。

 発端は,台湾独立を主張した李登輝総統が誕生したこと。若き頃の留学先だった米国のコーネル大学が彼に講演して貰おうと招待した。そうなると,台湾のトップの米国訪問となる。当然にビザ申請が為される。それは即,2つの中国承認に通じるが故,中国が強硬に米国に抗議。クリントン政権は,中国の意を受け,李登輝訪米を阻止しようとしたが,今度は米国議会がそんな行政府の弱腰に噛みつく。結局,李登輝の米入国→中国の反発,台湾近辺に実験と称して,ミサイルを撃ち込む→米海軍(ニミッツとインディペンデンス,2つの空母群)の台湾海峡派遣→米中一触即発…,という展開が続く。そして,そんな時,中国は今まで見向きもしなかったASEAN各国とのFTAに熱心になってくる。米国によって,経済的に攻囲されてしまうのでは,という警戒心がそうした態度変更の心底にあったわけだ。

 その後,紆余曲折を経て,ASEAN全体と中国,或いは日本,或いは韓国という,ASEAN基軸の3本のFTAが出来,そうなると亦,それら3本を総合的に一本化しようとの動きとなる。俗に言う,ASEAN+3(日・中・韓)構想で,最初,そうした一本化を2005年,中国が正式提案してきた。

 しかし,このフレームでは,中韓が何かにつけ手を握りがちな状況下,日本に不利になりかねない。それ故,2007年,日本は別の概念で対抗する。それが,ASEANと日中韓に加えて,インド・オーストラリア・ニュージーランドを参加させる,ASEAN+6の構想だった。明らかに,対中牽制意図がこの構想の中にあることは自明だろう。

 ASEAN+3で行くか,或いは,ASEAN+6で行くか…。日中が激しく鍔競合いを演じ,最終的には2012年11月,日本主張通りの交渉入りとなった(それが後日のRCEPに繋がる)。その交渉は長期に渡った。ところが昨年末,米国のトランプが大統領選挙無効を言い立てている最中,いきなりの妥結…。おまけに,中国はこの妥結に際し,将来は自身のTPPへの参加可能性をも示唆している(なお,インドは交渉から離脱)。

 こうした経緯から,幾つかの結論が導き出せる。一つは,自らの体制保存を至上課題とする中国にとって,経済関連の対外政策は安全保障政策に常に従属していること。二つは,政策の打ち出し方が,融通無碍なこと。現状の,中国のアジア政策と中南米政策の違いにも,その種の臨機応変性が顕著に表れている。コロナ感染が深刻な中南米には,中国製ワクチンを使った援助外交を,感染が比較的軽度なアジアに対しては,自国市場を開放し,彼らを吸引するFTA政策で,それぞれに中国支持網を構築しようとしている。こうした臨機応変性は,政府が民意に縛られる度合いが,相対的に少ないことによって得られるものだろう。

 さて,ここで結論だが,RCEP締結国の大半は輸出志向。締結国の中で,国内市場を彼らに提供できる国は中国のみ。事態をそう見れば,日本はRCEP締結で,最大のライバル国を共通の土俵に引っ張り込んでしまった,と思えてくる。そんな経済圏で,中国企業がDXを多用し,デジタル人民元を使い始め,或いは亦,中国政府が,米国の対中ハイテク企業規制に対抗する措置を講じ始めると,どういったことが起こるのか…。日本並びに日本企業に,そうした万が一の事態への備えがあるのだろうか…。懸念の種は増すばかりなのだが…。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2104.html)

関連記事

鷲尾友春

最新のコラム