世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
開発経済学における「経済発展の考え」:スチュアート・リン著『開発経済学』を中心に
(九州産業大学 名誉教授)
2021.03.22
本稿では,スチュアート・R・リン『開発経済学:分割された世界のための理論と実践』(Stuart R. Lynn, Economic Development: Theory and Practice for a Divided World, Prentice Hall, 2002,全16章,550頁)を紹介する。
出版時にリン博士はマサチューセッツ州のウースターのアサンプション・カレッジ(Assumption College)グローバル経済学研究の准教授になっている。それから既に19年間もたったため,現在は教授に昇格されたと思われる。ネットからの検索によると,氏はノースカロライナ大学チャプルヒル校(1971年)で,16年間,インディアナ・パデュー大学で,1987年から執筆時のアサンプション・カレッジで開発経済学を教えていた。
第1章は「経済発展の考え」(The Idea of Economic Development)である。
冒頭の第1節の「イントロダクション」で,1954年,インドの小説家カマラ・マルカンダヤ(Kamala Markandaya)が書いた小説『篩(ふるい)のネクター(Nectar in a Sieve)』が紹介されている。
主役のルクマニは12歳の時に,小作農の男と見合いで結婚した。夫の家に来た時,彼女は唖然とした。「2つの部屋があり,一つは穀物を置く貯蔵室のような部屋。その他のすべての物は2つ目の部屋に詰め込んでいた」。その後,この夫婦は7人の子供をもうけたあと,30年間借りた土地が地主によって売却されたため,彼らは引っ越す必要があった。この時,持ち物はわずかな鍋と壺などの炊飯器具,わずかな衣服だけで貯金はなかった。過去30年間で蓄えた彼らのすべての財産はその2~3つの荷物であった。
小説『篩のネクター』の結末では,ルクマニと重病に罹った彼女の夫が擁した財産のすべてを失った。彼らはやむを得ず都市に住む一人の息子に頼ることにしたが,到着後息子が既に2年前両親に知らせずにこの町から離れたと分かった。家に戻る交通費を稼ぐため,夫婦は採石場で石を砕く労働者として働いた。積み込んだ石の山に,石を使って石山の石を砕いて積み込み,砕いた石を持ち込んで仕事が終わる。町では数千人を数える人々が路上や寺廟のなかで寝ていて,一日中働いてもわずかなカネしか稼げなかった。多くの人々の住まいは水や電気がなかった。
このインドの小説のなかでルクマニの運命は,彼女の村落の付近にできた製革工場の完成によって翻弄された。製革工場は所得の増加をもたらしたが,同時に村落の静かさを破壊した。その後,彼女の2人の息子は工場でのストライキの先頭に立ったため,焚刑に処された。3人目の息子は製革工場で物を盗んだと疑われて殺害された。最後に,彼女と夫が30年間地主から借りて耕作した土地を製革工場が買ったために追い出された。そのために,彼女は「極めて少数の人が利益を得たが,その他の大多数の人々が見捨てられ,路頭に迷うようになった」と嘆く。まさに,「南半球」の「貧困の悪循環」の悲惨な世界を描いたのである。
他方,私たちが住む先進国の状態は特に描写する必要はないだろう。家はすこぶる快適で,一人部屋や兄弟姉妹の共有の部屋では目覚まし時計が鳴って目が覚める。冷暖房が整い,戸棚や冷蔵庫から朝食を取り出して食べられる。急ぐ時は授業や仕事に行く途中に,ファストフード店で何かを買って食べることもできる。病気や怪我の場合は,直ぐ病院に行くことができるなど,まともな生活を送っている。著者は「北半球」の世界と「南半球」の世界の極端な対比を顕著に示している。
第1章は,上述の⑴イントロダクションに続き,⑵富裕層と貧困層(略),⑶本書の目的と課題,⑷経済発展の主要な特徴,⑸発展の簡略化の観点(略),⑹開発経済学領域の主要な論議,⑺概要と結論(略),の7つの節によって構成される。
第3節は「本書の目的と課題」である。世界銀行の『世界開発報告1992年』において「持続的で公正な発展は,依然として人々が直面する最大の挑戦である」と示す。必ずしもすべての人々はこの主張に同意しないかもしれないが,一部の人々はこれらの価値判断に納得している。多くの人々は経済発展が依然として非常に重要であると認めている。
政府が市場の運営に干渉する1つの要因は,「多くの人々の福祉の増進」である。経済政策や各国が直面する重要な挑戦は,政府と市場が社会の個人の目標を実現する過程によって,最も有効な組み合わせが必要である。過去の50年間,経済発展の議論は非常に注目を浴び,そのうち多くの論争はこの課題を巡って展開されてきたと述べている。
第4節は「経済発展の主要な特徴」である。一国の経済発展は,一本の道筋に沿って進んでいくと想像することができる。一般的な方法は一国の産出モデルを観察し,それを歴史的な先進国の発展過程と連結することができる。まず,未開発段階はこのような経済国群から構成される。単純な技術で大量の農産品や鉱石,原油など一次産品(Primary Products)と少量の製品だけを生産している。現在,多くの国はこの段階を脱し,ごく少数の国々がこの段階に留まっている。最も極端な例はギニアビサウ(Guiné-Bissau)などのアフリカ国家である。1998年,この国の農業部門は国内総生産の62%を占めた。そのほかのアフリカ諸国,東南アジア3か国およびアルバニアも極度に農業に依存していて,農業が総生産の半分かそれ以上を占めていた。
開発によって一国経済の製造業が拡大するようになり,同時にそのサービス部門の多様性と複雑性によって,銀行,保険,ビジネスおよび政府のサービスなどが増えた。先進国はその先に以下の特徴が表れた。⑴農業の相対的地位の低下(しかし,依然として食糧の生産と輸出はある),⑵多様な製造業部門,⑶大幅なサービス部門(アメリカの例では国内総生産の2分の1を占め,雇用ではサービスの労働力が全労働力の3分の2を占めた)。
通常,これらの先進国は,“先進”と“工業化”の2つの用語で,“発展”の用語に代替することがある。すべての国家は予期の発展モデルと完全に一致するとは限らない。例えば,オランダとニュージーランドなどのいくつかの先進国は,依然としては農業と鉱業の生産を主とする強い一次産業部門を保持していた。しかしながら,両国は成熟した製造業とサービス部門を擁し,一次産業の生産活動は高度で複雑な技術のもとで推進された。
発展初期の途上国は以下の特徴を持っていた。絶対多数の人口は,自給自足農業(subsistence agricuture)に従事し,家族が生産した大部分の農産品を消費して,家族を養う以外に基本的には余剰がない。製造業は少数のいくつかの都市に集中し,通常では労働集約的(labor intensive)工業化である。相対的に言えば,労働力と小資本と共同作業に依存し,製造業は主に輸入部品の組立である。基本的に消費財に集中し,資本財ではない。サービス業部門は非常に少なく,銀行のような近代サービスは,政府機構や外国の企業によってコントロールされていた。
第6節は「開発経済学領域の主要な議論」である。
開発経済学の領域には多くの議論が交わされていた。多くの議論は見た目では変化しても,中身は何も変わらずに新たに形を変えて再び登場したものにもかかわらず,既に解決したと言われた。例えば,経済学者は過去において,常に政府の計画経済で役割を論じた。しかし,このような計画の役割を果たさない場合,政府の適切な役割について多くの討論が行われる。
周知のように,発展の定義は経済発展よりも難しい。経済成長の方法が曖昧のため,一部の人々は福祉(健康と教育を含む)を測定の基準に加えるか,測定の基準に代替すると提起している。経済成長の促進は,最貧困層の人口が利益を受けることができない。そのために,測定基準を広範囲にとって,政府がどの領域に資金を正確に投入するかを判断することになる。
経済成長の促進を目標にしていても,これは経済発展の一つの発端に過ぎない。成長のメカニズム(資本の投資,技術のイノベーションの促進,労働者の健康と教育水準の改善,外国と貿易の実施)であり,それが発展への直接の役割を果たすのではない。そのために,どんなメカニズムが最も重要なのか,これらのメカニズムが如何に結合するのか,経済学者はこれについて意見が分かれている。
最後に著者は世界中の経済発展問題の現在の出来事を提示し,ケーススタディと開発経済学の理論を援用して,途上国経済の論争を紹介している。また,歴史的な視点と開発経済学の課題を紹介し,分かり易い手法で考察している。特に,途上経済の課題として,人的資本,技術,環境,人口増加,貿易,課税,都市化,農業などのトピックを取り上げて説明している。貿易,援助・投資,債務問題の調整,特に開発のための資本市場への影響について,それぞれの章節で国際間の開発の課題を重点に説明している。
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