世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2070
世界経済評論IMPACT No.2070

ASEAN経済統合と自動車部品補完・生産ネットワーク

清水一史

(九州大学大学院 教授)

2021.03.08

 ASEANは2015年12月にASEAN経済共同体(AEC)を創設し,更に2025年へ向けて経済統合を深化させている。ASEANの経済統合は,域内での国際分業あるいは生産ネットワークの形成を長期で支援してきている。この生産ネットワークの支援は,ASEAN経済統合の重要な成果である。そしてその典型は,自動車産業における部品補完・生産ネットワークの支援である。

 ASEANの経済統合は,1988年の(三菱自動車がASEANに提案した)ブランド別自動車部品相互補完流通計画(BBCスキーム)に始まり,ASEAN産業協力スキーム(AICO)やASEAN自由貿易地域(AFTA)とAECに至るまで,長期的に自動車の部品補完と生産ネットワーク形成を支援してきた。BBCに始まる自動車部品補完の支援は,他の域内経済協力に比べても,最も早くから着実に実践された政策であった。そしてその後,ASEAN経済統合政策による自動車生産ネットワークの支援が大きく展開してきた。

 トヨタ自動車の革新的国際多目的車(IMV)の例とデンソーの例は,ASEAN経済統合と自動車部品補完・生産ネットワーク形成の典型的な例である。トヨタ自動車は,BBCスキームに始まりAICOやAFTAを利用して,ASEAN域内における完成車と主要部品の集中生産と補完を行ってきた。2004年からのトヨタ自動車のIMVプロジェクトは,1トン・ピックアップトラックベース車を,部品調達から生産と輸出まで各地域内で対応するプロジェクトである。域内分業と現地調達を大幅に拡大し,多くの部品をASEAN各国で生産している。また完成車に関してもASEAN域内で補完し,かつ世界各国へ輸出してきている。

 IMVプロジェクトは,従来の自動車と部品生産のネットワークを大きく拡大し,主要部品の集中生産による規模の経済の獲得と工場投資効果の改善に貢献してきた。更には,トヨタ自動車の相互補完だけではなく,一次部品メーカーの代表であるデンソーの部品の集中生産と相互補完をも拡大し,一次部品メーカー,二次部品メーカーや素材メーカーを含め,ASEANにおける重層的な生産ネットワークを拡大してきた。

 部品メーカーの代表であるデンソーの部品補完・生産ネットワークの構築も,ASEAN経済統合と関係して,大きな意味を有する。デンソーは,これまでAICOやAFTAを利用しながら,ASEAN域内を中心に,熱機器,電気・電子,パワートレイン製品・部品等を補完してきた。そして更に自らが「玉突き戦略」と呼ぶ,ASEAN地域における生産戦略を進め,カンボジアをも含めながら,生産と補完をダイナミックに展開してきている。「玉突き戦略」は,ASEAN域内の第1から第3のグループの中で,玉突き的に生産移管を進め,域内での強力な生産体制を構築する構想である。この戦略を,ASEANの経済統合政策が支える。

 トヨタ自動車のIMVとデンソーの例は,ASEAN経済統合政策と企業の生産ネットワーク構築の合致の典型例であり,大きな成果であった。ASEANの経済統合政策は,AEC創設と関税撤廃の完成の上に,更に深化してきている。

 ただしASEANの自動車生産ネットワーク形成は,いくつかの課題を含む。たとえばASEAN内の分配上の問題である。ASEAN経済統合と自動車・部品に関する域内国際分業が更に加速してきたが,その際にタイとインドネシアの自動車産業が正の影響を受けて発展した一方,フィリピンやベトナムの自動車産業は負の影響を受けた面があった。それに関連して,2018年1月から実施されたベトナムの政令116条の例や,今年に入って方針が発表されたフィリピンの輸入車に対するセーフガードの暫定措置の例も見られる。

 現在,世界経済における保護主義の拡大に加えて,コロナウイルスの感染拡大が,世界経済にもASEAN経済にも大きな負の影響を与えている。ASEAN各国では,コロナウイルス感染拡大によって,2020年3月末から4月にかけては各自動車メーカーも生産を一時中断した。同年のASEAN各国の自動車生産も販売も,大きく減少してしまった。

 世界の自動車産業は大きな変革の中にあり,今後の各国のEV化政策等も,ASEAN自動車産業と生産ネットワークに,大きな影響を与えるであろう。コロナ後には,その傾向が加速する可能性もある。2020年11月にはバイデン氏が大統領に選ばれ,2021年1月にアメリカ大統領に就任した。2020年11月のRCEP首脳会議では,15か国によるRCEPが遂に署名された。これらの変化も,ASEANの自動車産業に多くの経路で影響を及ぼす可能性がある。

 しかしながら,コロナ後においても,ASEANにおける自動車の生産ネットワーク形成とその支援は,今後の経済発展のための重要な要因となるであろう。また日系企業の経済活動においてもきわめて重要であろう。

[付記]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2070.html)

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