世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
車載半導体の不足下で進む米台産業協力:ICとワクチンの“物々交換”の論議も
(九州産業大学 名誉教授)
2021.02.22
バイデン大統領の就任後,アメリカ領土の北と南隣接のカナダ(1月22日),メキシコ(23日),ヨーロッパの大国のイギリス(23日),フランス(24日),ドイツ(25日)およびロシア(26日)の首脳と通話したあと,菅義偉首相と通話(27日確認,28日0時47分通話)を行った。日本はバイデンと外国首脳と通話の7番目の国家である。
いつ頃,バイデン大統領は習近平と通話をするのか,マスコミは注目していたが,2月10日になってから初めて通話した。その5日前にバイデン政権下,初の「米台サプライチェーン産業協力展望座談会」が開催された。このコラムは先週(2月15日)の「世界の車載半導体不足,日米独が台湾の増産を緊急要請」の続報である。
米台サプライチェーン産業協力座談会
2月5日,米国務次官補代理のマット・マレー(Matt Murray)と商務次官補代理代行のリチャード・ステフェンス(Richard Steffens)と台湾経済部長(経済大臣)の王美花に「米台サプライチェーン産業協力展望座談会」のバーチャル会合を開催した。その事前の1月27日に,王部長は台湾の数社のファウンドリー企業と事前の内部打ち合わせを行った。
得られた結論は,⑴4社は現在の生産ラインは満載の情況で,需給バランスの供給はニーズを満たすことができない。既に過負荷の状態である。⑵双方は「一つのコンセンサスと三つの方策」が提起された。いわゆる「一つのコンセンサス」とは,この4社は車載半導体の重要性を理解し,政府の要請に協力する。「三つの方策」とは,①生産能力を現在の100%から103%に向上し,過負荷承知の上で,3%の増産を計画する。②車載半導体の支援率を向上する。既に受注しているその他の顧客の理解と協力を取り付け,受注量を調整し,車載半導体の優先の増産を図ること。③これらの調整は複雑な商談が必要であり,既に受注した顧客の協力が得られると大きく進展が図られる。
2月5日に「米台半導体サプライチェーン協力展望座談会のバーチャル会合を行った。これはバイデン政権に入り,始めての会議である。アメリカ側はアメリカ在台協会(AIT)のブレント・クリステンセン所長(大使に相当)のほか,アメリカのシニア官僚が全スケジュールに参加し,情報技術・イノベーション財団(ITIF),半導体産業協会(SIA),クアルコム(Qualcomm),Nvida(エヌビディア)などが参加した。台湾側は経済部(経済省)の王美花部長(大臣),陳正祺次長,貿易局の江文若局長,工業局の呂正華局長のほか,TSMC(台湾積体電路製造),聯華電子(UMC),瑞昱,国際半導体産業協会(SEMI),台湾半導体協会(TSIA)など国内外の政府,協会,企業などの100以上の部署・企業が参加していた。台湾側のプレゼン担当者はTSMCとSEMIであり,アメリカ側はクアルコムとコーニング(Corning)とSIAである。
アメリカ業者は座談会で2つの提言があった。⑴産業方面で,米台関係は「相互依存」であり,米台共同のR&Dの交流と人材の訓練を希望する。⑵国際経済・貿易方面で,アメリカは「環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」に戻り,台湾と韓国が加入することを希望する。同時に,世界貿易機関(WTO)の情報技術協定(ITA)の第3段階を推進し,米台双方は自由貿易協定(FTA)を締結することが,双方の協力に有益であると提言した。
コーニング社は台湾の知的所有権(IPR),営業秘密保護に関する政策を称賛し,それによって,半導体産業が発展することができたことである。同時に,米台が「営業秘密国際連盟」の設立を提言した。SIAは5G,AIと電動自動車(EV)の発展で2025年に半導体産業の生産額は5500億ドルに達すると予測され,米台産業の緊密な協力を呼び掛けた。
アメリカ政府と企業は台湾の車載半導体提供の協力を感謝している。しかし,会議の議題でその関連について詳細に論じていない。この座談会の重点は双方業界の交流と対話に置き,討論の主軸は半導体産業全体のサプライチェーンの協力である。
以下は再び車載半導体の不足対応に戻ることにしたい。
車載半導体ビジネスの対応
台湾のファウンドリー企業では,緊急性のある製品ロットをSHR(Super Hot Run)と指定,やや急ぎをHR(Hot Run),通常品をNR(Normal Run)と指定し,さまざまな種類の半導体製品を生産工程に組んでいる。通常,半導体生産ラインでは,数量の少ない車載半導体製品は8インチウェハーを生産工程に組んで,半導体回路を構築する。今回のように緊急性を要する製品は,本来では8インチの生産工程を多量生産の12インチ(300mm)のウェハーの生産工程に変更し,機敏に対応している。
しかし,これらの工程変更を行う場合,3つのダメージ発生の可能性が存在する。①いままで取り組んだ最適な生産スケジュールからSHRの投入によって,設備機台の運用機能の低下が発生する可能性がある。②少なくてもその後遺症として,3カ月以降の生産スケジュールに混乱を及ぼす影響が発生する。③生産コストが逆に増加する。これは前に書いたように車載半導体の単価が安く,利益率は他の半導体よりも低く,自動車企業に協力して車載半導体を中心に製造すると,企業の全体の利回りが逆に低下するからである。
そのほかに,SHRの場合,単価の引き上げによって,製品の出荷の順番を前に調整する方法も考えられる。しかし,2021年の生産能力に相当する注文は満載である。現在,論じているのは2022~2023年の長期予約制の受注方策である。これは双方から受け入れられやすく,生産能力による供給が確保できる。長期予約制を締結した場合,価格が既に決めているため,価格の上昇が防ぐことである。
これらのニュースを聞いた後,アップル,クアルコム,ソニーなどの各社は,連日のように,人員をTSMCに派遣し,半導体の出荷が遅延しないようにタイムスケジュールの確保に必死である。
世界半導体における台湾の役割
半導体ファウンドリー(受託製造会社)の世界ランキング(2019年)は,TSMCの56%,グローバル・ファウンドリーズの9%,聯華電子の8%,サムスンの7%,中芯国際の5%,タワーパートナーズの2%,力晶の2%などの順位である。
第1位のTSMCは台湾では「護国神山」と呼ばれ,最近,TSMCの株価上昇で企業の市場価格は世界のトップ10企業に入るまでに達し,市場価格はインテルを凌駕するまでに至っている。TSMCのファウンドリーの市場シェア56%は世界の半分以上を占め,アメリカ国防省から指定されたサプライ部品企業で,最新鋭のF-35ライトニングII戦闘機,ミサイルなどに搭載する半導体を供給している。2020年にアメリカ政府の要請により,アリゾナ州フェニックスに進出すると決定した。TSMCについて筆者は既に論著があるため(注1),詳しい紹介を省略する。
第2位のグローバル・ファウンドリーズ(GF,アメリカ)はAMD,チャータード・セミコンダクターとIBMの3大半導体部門から組織された企業である。AMDとIBMは半導体の垂直統合(IDM)生産を放棄し,製造部門をフゥンドリービジネス専門の分社化して設けられた3大企業の統合企業のである。
第3位の聯華電子(UMC,台湾)は工業技術研究院(ITRI)からスピンオフした企業で,ファウンドリーの第2位であったが,GFとサムスンのファウンドリービジネスの参入で一時的に第4位に後退したこともあった。
第4位のサムスン(韓国)は,IDMとファウンドリーの2刀流ビジネスを行い。ファブレス(半導体設計のデザインハウス)業界最大のクアルコムの「Snapdragon 888」のSoC(System on a Chip=システムLSI)は,線幅5nmの最新鋭チップで,サムスンに製造を委託したものであり,小米(シャオミ)の「Mi11」に搭載している。
第5位の中芯国際(SMIC,中国)は,トランプ政権からブラックリストに指定され,日欧米の企業に半導体を供給することができず,半導体の不足の原因を作った理由の一つでもある。
第6位のタワーパートナーズは,タワーセミコンダクター(イスラエル,株式保有51%)と新唐科技(ヌヴォトン,台湾,株式保有49%)がパナソニックグループの半導体部門をM&A(合併・買収)による合弁会社である。
第7位の力晶グループ(台湾)は,2019年5月にファウンドリービジネス部門を力晶積成電子製造(PSMC=力積電)に分社化し,12インチのウェハー工場を移管して改組した企業である。
TSMC傘下の世界先進積体電路(VIS)を加えると,世界の半導体ファウンドリー市場において台湾の一国だけでも66%以上の市場シェアを占め,日米欧の高官がなぜ台湾の半導体企業に増産を要請したのかがわかる。
車載半導体とワクチンの“物々交換”の論議
絶えず顧客からの注文が入り,事実上,2020年秋からTSMCなどの半導体の単価は10~15%の値上げであるが,今年の2月旧正月休み(2月中旬)以降に,その単価は約15%の値上げを実施すると決めている。
イギリス『フィナンシャル・タイムズ』紙にサムスンからの警告の記事が掲載された。内容として,世界の半導体不足は,車載半導体の供給に衝撃を与えただけでなく,同時にスマートフォンのメモリーの受注と出荷のスケジュールを混乱させた。半導体の生産能力の制限を受けて,政府と企業はコロナ禍からの経済回復に心配している。
サムスン・メモリー業務執行副総裁の韓真晩は「半導体の不足は全世界の問題に発展し,今後の数年間に続く可能性がある」と指摘した。台湾・工業技術研究院(ITRI)研究総監の楊瑞臨は「車載半導体の不足は1年間に及ぶ可能性がある。そのために,今年中に必要とする車載半導体を調達することが非常に難しい」と主張した。
そのほかに,自動運転の2018年の「レベル2 EV」の場合,車載半導体の価格は580ドルであるが,2022年の「レベル4 EV」の場合,その価格は1760ドルに達する。EV車のレベルの向上によって,搭載される車載半導体の量と質の増加によって,半導体の不足は今後も持続する可能性がある。
最後に次のことを述べたい。台湾の新型コロナ防疫対策(注2)では成功したが,調達する人口数の新型コロナ用のワクチン量が入手できず,台湾の衛生福祉部(厚生労働省に相当)が大変困っている。そのために,日米独の高官に対し,車載半導体が欲しい場合,優先的にワクチンで販売してくれるように逆要請を提起するという。
[注]
- (1)朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」に詳しい。
- (2)朝元照雄「台湾に学ぶ:新型コロナウイルス対策はなぜ成功したのか?」『世界経済評論』2021年1/2月号,2020年12月。
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