世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2042
世界経済評論IMPACT No.2042

原因・予測? 結果?

鶴岡秀志

(信州大学先鋭材料研究所 特任教授)

2021.02.08

 前回の続きみたいで恐縮だが,12月23日の世界経済評論2021年1/2月号・著者を囲む読者座談会は非常に勉強になった。理由は,講演者の方々が原因あるいは予測とその理由を明確に整理して説明されていたからだと,正月明けに米国疾病予防センター(CDC)のCOVID-19(以下,コロナ)関連速報文献を読んでいた際に気がついた。常々,感染症や生化学研究者から指摘されている様にTV・マスコミやそのコメンテーターの言説は混乱が多い。臨床現場の医師と研究所研究者の区別もなく闇雲にコメントを要求するので話が混乱する。これに加えて,情報を扱い伝える立場の基本であるメディア関係者が原因と結果を混同していることが混乱に輪を掛けている。大きな影響力を持つメディアの低質化は経済発展に影響を与えるだろう。

 メディアの犯している悪い例として,昨年夏以降に有名になったパルスオキシメータがある。指先に装着して血中酸素濃度を測定する装置で,血圧計のように比較的簡便で測定結果が数値で示されるので一般人に馴染みやすい。ただし,比喩的表現だが,LEDで酸素を抱えている血液と抱えていない血液の光透過度(反射)の差を測定するので,装着の仕方や指先の状態で誤差が出やすい。医療現場以外では簡易計測と見るべきものである。

 自宅待機中のコロナ感染者の症状が急変して重症や死亡に至るケースが顕在化するにつれて,インフルエンザで同様のことが起こることは一切無視して,いつものように先を争ってマスコミが騒ぎ出した。TVは,経皮的動脈血酸素飽和濃度(SpO2)を測定していれば急な病変を「予測」できるというストーリーである。これは間違い。TVが知ったかぶりで騒いだので,SpO2でコロナ感染を判定できると信じてしまった人が多数出現した模様である。

 酸素は体内で赤血球中のヘモグロビンと結合して体内を循環するので,その酸素が完全消費されるまで呼吸を止めても少しの間は細胞に酸素が供給される。専門的には「酸素解離曲線」と言って,酸素と二酸化炭素の「分圧」で生体組織と血液間でバランスが取られている。少しの活動で息苦しくならない様に生体は成り立っているので,安静にしていると細胞の酸素消費量は低い。このため肺炎で肺がダメージを被ってもある程度までは自分自身で気が付きにくいので厄介なのである。安静時のSpO2が90%未満になると「これは危ない」ということになってくる。つまり,パルスオキシメータは,症状悪化の「結果」を示している。この装置でコロナ感染を調べるという勘違いは問題外にしても,症状の予測ができるような解説は人々を誤らせる。

 CDCのコロナ特設サイトは世界中で発表される専門分野の論文や速報(レビューなし)の収集と公開を行っている。2020年秋口からコロナ感染者の病態急変後の心電図にブルガタ症候群(筆者のような凡人に理解できる表現でポックリ病)と同様な症状が現れるという報告が増えてきた。これらの論文筆者らは,非常に数少ないコロナ感染病態急変前後の臨床測定心電測定報告から,急変の数時間〜数日前にブルガタ症候群が現れるのではないかという予想をしている。それを急変前にキャッチできれば,コロナ感染による重篤化や死亡を減らせるだろうと予測している。それならば,さっさと測定して結論を出せばよいではないかと思うのだが,全ての論文と緊急報告の最後のパラグラフで指摘されているのが,「常時装着して病院の計測並みに心電を測定できるセンサーシステムが無い」という点である。

 多くの読者は,「FitBitやApple Watchが心電計測と宣伝しているのでそれを使えばよいのでは」という疑問を持つと思う。短小軽薄なTVのMCは,医療関係者に腕時計型心電測定装置を推奨すれば良いとコメントするだろう。実は,これらの腕時計に組み込まれたLED式心拍測定器は心拍からビッグデータを使って心電を「推定」するものである。心電計測は4つ以上のセンサー,心臓周辺,測定受信アンプを電気的に接続して計測するという電気工学的必要性からも腕時計型心拍測定装置が不適であることが判る。先ごろ,厚労省で認可されたAppleの心電測定は「解析ソフト」である。対して専門家の欲しいのは心電図の「波形の乱れ」である。脈拍と波形の乱れに直接的関係が発見されていないので,これはいくらビッグデータを活用しても不可能である。

 現在医療用として使用されている携帯型心電計は,ホルター型というもので,不整脈等でこの装置を使った方は判ると思うがとても不便で煩わしい装置である。サラブレッドの健康調査にも使おうとしているが,馬が嫌がるので使えないとピアレビュー付き論文に書かれている。そのため,上述の論文では心臓から生成されるトロポニンというタンパク質の濃度変化を測定することでブルガタ症候群を察知しようという提案もされている。しかし,生化学分析かつ血中濃度が低いこともあり,症状の悪化の見られない多数の感染者に毎時採血で分析するなどトランプ前大統領のような特別な立場の人にしか適用できない。

 度々手前味噌だが,循環器系疾病用の遠隔医療用センサーを開発している友人に,そのセンサーをコロナ感染者に装着できないか尋ねてみた。生体信号検知センサーは世界中で数々提案されている中で,動物実験用として国研レベルで使用されているものはこの友人のものしか無い。至急でいろいろ調べてくれて,まず,医療研究者用に症状急変前後の心電波形を検知することなら可能とのことであった。

 たびたび指摘しているが,TVは視聴者を脅す,恐怖を煽る,生活必需品の枯渇を扇動するようなことを直ちに止めて,我国のベンチャーや中小が持つ優れた技術を取り上げることが,今,必要である。パルスオキシメータは予測のための装置ではないので,コロナ感染自宅待機者の見守りには不十分である。上から目線で説教をするTVに,小学校で習う報道することの5W1Hと,原因・予測と結果の区別を学ぶことを期待するのは無理なのであろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2042.html)

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