世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2037
世界経済評論IMPACT No.2037

テレワークの経済学的分析・法的妥当性と人間生活への影響

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2021.02.01

 「コロナ・パンデミックは資本主義の論理を次々と攻撃し破壊する。チャップリンの演じた1936年の映画『モダン・タイムス』が描いた産業社会の労働のモデルはついに終焉する時がやって来た。我々は都市を彷徨するノマードのように『自由人』になるのだ」。このようにフランスのJ,E.レイはテレワークの到来を論じる。テレワーク社会の経済学的な解釈,制度的法的な妥当性,企業経営と個人生活への影響,の3つの角度からその深部を探ってみた。

 第1に労働の現場が組織から遠く離れて実行されることは,所有と経営が一体だった19世紀,経営が所有と分離した20世紀につぐ資本主義の形態の変化,即ち経営そのものの地理的空間の分散が21世紀のニューノーマルになろうとすることを意味する。20世紀後半にR. ソローらによって開発されてきた長期の経済成長モデルは労働と資本を説明変数とする生産関数であった。ここで注目したいのは2つある。ひとつは生産関数の第2の特性とされる「限界生産性が逓減する」という一次同次性によって労働力の投入水準の低下が労働の限界生産性を上昇し労働賃金率が高まり,資本の限界生産力が低下するという点である。C. M. チポラ(Chipolla)は中世ヨーロッパのペスト(黒死病)によって1348年,人口が3分の1減少したが,生産関数のこの部分だけ取れば疫病に襲われ労働力だけが激減,資本(土地)が不変である場合,同様に土地の資本収益率に相当する地代は50%も減少したと推計したのである。全世界の感染者の労働市場からの一時的退場(9560万人・1/19朝刊付)に死者(204万人・同)も加えた労働市場の縮小が資本限界生産に与える影響はコロナとペストの相似性を感得させる。

 もうひとつはY=AK^a・L^(1-a)というコブ・ダグラス型生産関数のパラメータたるAはKとLの残余相当の全要素生産性(TFP),即ち技術進歩率である。デジタル技術によるDXトランスフォーメーションがどれだけ資本収益率の低下をカバーしうるかが問われてくる。OECDは広義のテレワークが,就労環境の良い労働者の業務処理の能率を高め,オフィス・スペースなどの資本投下量を節約させるなどによってTFPを30%ほど高めると推計している。最近の調査ではテレワーク生産性はオフィス内との比較で平均85%弱(1万5千人回答・日経1/19朝刊付)と仕事の効率性に悩む多い実態も浮き彫りにされた。テレワーク導入によって労働と資本の投入が一体とならず離別して進行していくことが懸念される。世界主要国の1990年代からの5年毎の平均経済成長率の1.5%程度という低迷は少子高齢化による労働投入の寄与が減少,1990年代に入りさらにTFPの寄与が減少したことも経済成長率低迷の大きな要因であった。

 第2は注目を浴びているテレワークの制度的法的な妥当性がこれからのウイズ・コロナの社会にはもっと明確にされなければならないと思う。確かに多くの国で90年代以降,構造改革の名のもとに労働改革が行われてきた。英国の就労促進策,ドイツの柔軟化を目指したハーツ労働改革,フランスのエル・コムリ法などの労使改革,日本の働き方改革,などおいてもすでにテレワークの促進がコロナ発生前からOECDによるデジタル化促進勧告も含めて奨励されていた。同時に国連のILO(世界労働機構)は2009年総会において21世紀の「ディーセント・ワーク」(decent work),人間の尊厳と健康を損なうことなく人間らしい持続的な労働条件が目標とするILO条約177号で在宅形態の労働,189号で家事労働に関する協定が採決されたが,日本はまだ両条約を批准していないことが気になる。ILOはテレワ-クを次の通り定義する。①スマートフォン,ラップトップ,デスクトップパソコンなど情報通信機器を使用者の職場の外で使用すること。テレワークは雇用者と使用者の間で交わされる自発的な合意に基づいて発生。②勤務する場所が会社かあるいはそれ以外の場所かについて合意,勤務時間や勤務スケジュール,使用する通信ツール,達成すべき仕事内容,業務報告の管理評価基準,も含む。③テレワークは演壇に立ち,短期の仕事で働くようには規定されていない。例えば主に自宅から仕事を遂行するフリーランサーはテレワーク勤務ではなく,ILO協定のホームワーク第177規定の自宅雇用者として分類。④平時においてもいかなるビジネスにおいてもその業務遂行に不可欠な役割。予見せざる出来事,天候悪化,テロ,パンデミックなど雇用者が通常のオフィスや勤務場所で仕事を続けられない場合,テレワークがオフィス外で仕事を行って組織の運営を継続させていくのに必要である場合。

 労働は実は自由移動が叫ばれEU統合の戦略的な重要な政策項目であるが,その権限は加盟国との共同分担で原則各国の専属事項に属しており,欧州競争戦略アジェンダでも提案にとどまっている。労使の協議や合意は国ごとにILO条約順守もデジタル化時代到来というにはほど遠いと言わなければならない。

 第3は今,欧米ではエルゴノミクスと呼ぶ人間工学が注目され始めた。スマートフォン,ラップトップ,デスクトップパソコンなど情報通信機器と向き合うことが新たな日常の生活様式となるコロナ・パンデミック時代においては,人間とデジタル技術の関係が円滑に進むことが不可欠である。物理的特性(振動,雑音,重力など),認知的特性(時間の余裕の有無,不確かさ,危険性など),組織的特性(組織構造,仕事の定義など)の3つの次元が情報機器との間で均衡のとれたものであることが望ましい。人間は五感などの入力受容器で機械からの情報取り入れ判断を行い,手や声などの出力(効果器)で機械に働きかけ,それを今度は機械がキーボードやマウスなど(操作器)で受取り,メカニズムで処理したものディスプレイなどの表示器に出力,人間側の入力の受容器へ伝えられる。機械の表示や入力方法,作業場所の配置や設計,保守管理性の高い設計,作業環境の設計といったヒューマンファクターなどが私たちの日常生活の向上に資するものでなければならない。

 5Gや来るべき6G時代のハイパー産業社会においてスマートシティ構想が単なる流行語に終わらないように祈りたい。

[参考文献]
  • Jean-Emmanuel Ray, ‘ L’insécurité juridique du travail à domicile’, le Monde déc. 9, 2020
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2037.html)

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