世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2019
世界経済評論IMPACT No.2019

日本学術会議のあり方論議の再考:歴史的経緯と活動実態を踏まえ

戸所 隆

(高崎経済大学 名誉教授・(公社)日本地理学会 前会長)

2021.01.18

 2020年秋の日本学術会議会員任命拒否問題は,国会をはじめ様々な形で議論されてきた。しかし,政府は拒否理由を説明しないまま学術会議の組織改革への議論にすり替えている。こうした動きに日本学術会議協力学術研究団体を中心に日本を代表する1,000を超す学協会(学会)から政府へ抗議声明が出された。これは日本学術会議が広汎な研究者集団から一定の評価を得ている証といえよう。

 筆者は第18・19期日本学術会議において現在の連携会員にあたる研究連絡委員,20~23期は連携会員として2000~2017年の18年間学術会議に関わり,現在もボランティアの小委員会委員を務める。その経験から昨今の議論は学術会議の実態を踏まえずに批判をし,組織改革の必要を論じている面がある。そこで任命拒否問題ではなく,学術会議の実態の一端について述べてみたい。

 日本学術会議の役割は,①政府に対する政策提言,②国際的な活動,③科学者間ネットワークの構築,④科学の役割についての世論啓発である。会員・連携会員は人文・社会科学,生命科学,理学・工学の3部,および4つの機能別委員会(常置),30の学術分野別の委員会(常置),課題別委員会(臨時)に所属して研究活動をしている。政策提言などの研究活動は委員会の下に設置される分科会や小委員会で行われる。

 学術会議から答申がなく,不十分な活動と批判されたが,政府から諮問がなければ出しようがない。他方で,政府への政策提言は24期(2018〜20年)だけでもA4判20~70頁の提言が85,報告が23あり,これらは学術会議HPにすべて公表済みである。一つの提言,報告の作成には,会員・連携会員をはじめ関係する多くの研究者が協力して概ね3年間10回以上の研究会を開催し,最終的には国民の意見聴取と世論啓発のためにだれもが参加できる公開シンポジウムを開催している。

 ところで,学術会議の年間予算が10億円で,会員等が多額の報酬を得ているかの批判もある。しかし,2020年度の手当予算は会員(210人)5,916万円,連携会員(約2,000人)8,655万円で,1人あたりにすると会員約28万円,連携会員約4万円に過ぎない。手当は一日あたり複数会議があっても税込み2万円弱の支給である(上毛新聞,2020.10.10)。なお,小委員会には学術会議から一切支給されない。現実には複数のテーマに係わり,小委員会を含め年間20回近く東京へ行くことになり,予算では不足が生じる。そのため,9月頃に会議数の減少要請および手当等返上依頼が事務局から来ていた。

 会議ではテーマに沿って割り当てられた研究結果を持ち寄って意見交換・調整をする。これを数回繰り返し,原稿を分担執筆して提言や報告にまとめるが,それに必要な調査費用は個人的に工面した研究費や自費で行うことになる。こうした調査,執筆等には膨大な時間と経費を要するが学術会議からは一切出ない。学術面で一定の評価を得た人々が,社会貢献として国のあり方について学術的提言をする形である。

 また,日本を代表する科学アカデミーとして国際的学術研究活動や科学者間ネットワーク構築に不可欠な組織である。たとえば,地理学分野では国際地理学連合や世界の高校生が地理的知識や技能を競う地理オリンピックと日本の地理学関係の学協会をネットワークする要として学術会議分科会の役割は欠かせない。しかし,国際地理学連合や地理オリンピックに学術会議の予算が付くわけでない。学術会議という組織が存在することで,会員・連携会員を中心に様々な研究者がボランティア的に俯瞰的・広域的視点から国内外の学術活動を支えており,他分野も同じである。

 今回の会員に若手研究者や企業など幅広い分野の人が少ないとの批判がある。しかし,学術会議の活動は学術面から政府への提言や国民生活への貢献を求められる。そのため,経済的にも時間的にも一定のキャリア,経済的基盤などがない限り厳しく,単純に若手といえない。また,現会員が会員候補者を推薦するコ・オプテーション(co-optation)による会員選出方法も批判されたが,政府からの要望で従前の学協会推薦から諸外国の科学アカデミーの選出方法を参考に多様な会員にするべく第20期から変えたと理解している。

 日本は地下資源に乏しく,食糧自給率も低いだけに,人材と平和を資源として持続可能な社会を構築して生きねばならない。地下資源・エネルギー源をめぐる紛争が工業化社会の主要な戦争要因となってきたが,今日の知識情報社会では人材の確保と平和の維持で代替資源を生み出すことが可能となっている。そのためには,人文・社会・自然に関する科学振興が重要となり,大学や様々な学協会を幅広く集結してきた日本学術会議は知識情報社会に不可欠なインフラである。2020年春に政府が全世帯に配布したマスク2枚の費用は466億円との報道があり,学術会議総予算10億円の46年分である。十分な財政支援がない中で,国のために頑張っても批判されるだけでは研究者の国への求心力が低下しかねない。学術会議のあり方を再考するならその歴史的経緯と実績を客観的に評価し,財政基盤を強化し,真の科学立国に資するものでなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2019.html)

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