世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
令和の米騒動:いま本当に米不足なのであろうか
(高崎経済大学 名誉教授・(公社)日本地理学会 元会長)
2025.06.09
1.米騒動への単純な疑問
2024年初夏の頃から米不足・米価高騰が衆目を集める。秋になり新米が市場に出れば落ち着くであろうと言われたが,店頭から米が消え米価高騰が続く中で2025年初春から政治問題化し現在の備蓄米放出騒ぎとなった。主食の米不足は由々しく,備蓄米随意契約による小泉農政緊急対策の成果を期待している。他方で,マスコミ報道にはないが,いま本当に米不足なのであろうかとの疑問や腑に落ちないことがある。
私は農業政策・農業経済学の研究者でないが,50年以上地理学の大学教員として俯瞰的・総合的に国土の土地利用・農業生産動向を見てきた。昨年店頭から米が消え始めて以来,マスコミの大々的報道によって国民の食糧不足への不安が高まったと感じている。その結果,それまで必要な量だけ購入していた周囲の人々が,5~10kgほど在庫を持つようになってきた。国民の何割かが一袋余分に買い足しただけでも全国では年間生産量を上回る需要となる。米は工業製品のようにすぐに増産できない。こうした状況を察知した業者による値上がり期待の在庫確保や買い占めがあれば,益々米不足・価格高騰となる。
以上はあくまで身近な購買行動からの推測であるが,1973年のトイレットペーパー不足騒動や近年のコロナ禍マスク不足は,一時的な品不足に起因するパニック買い占めが最大要因であった。1980年代後半のバブル期の土地騰貴や特定商品高騰も似た構造といえる。その意味で小泉農相が備蓄米在庫の限界を認識の上で,際限なく放出との政治的公言効果に期待する。同時に近い将来,米余り現象が惹起して生産者に負の遺産とならないことを念じている。
2.不可欠な農業政策の抜本的見直し
米は日本人の主食であり,安全保障面からも自給可能な重要農作物である。近年まで減反政策で需給調整してきたが,現状の生産者数や年齢構成,生産規模,水田環境は課題山積といえる。仮に今回の米騒動がこれ以上の混乱なく落ち着いたとしても,近い将来における深刻な食糧不足が推察される。それを避けるには,令和の米騒動により国民の主食への関心が高まったこの機会に,抜本的な農業政策の見直しが必要と考える。
私は敗戦後,食糧不足の貧しい日本の生活を経験している。私の家は元小地主で,父は県の幹部,母は教員であったが,農地解放後に残った田畑で食糧生産するために子供でも早朝農業をした。生産した大半の米は食管法で政府に供出しなければならず,毎日米と麦が半々のいわゆる麦飯が主食であった。年二回の祭りの時だけ米だけの“銀シャリ”が食べられ,美味しかった思い出がある。今でも不思議なのは,1950年代まで農家の弁当は麦飯,非農家は銀シャリで,うらやましかったものである。しかし,弁当を持参できない同級生もおり,麦飯の真ん中に梅干し一個という“日の丸弁当”に幸せを感じていた。同時にあの時のひもじい思いをこれからの人がして欲しくないと思って生きている。
大学進学で故郷を去るまで自宅の農業基幹労働力であった経験から,1971年から始まる米の生産調整・減反政策を危惧した。水田を耕作放棄すると灌漑設備の破壊,雑草繁茂でその後の復旧は至難となるためである。農村は水田社会と畑作社会に二分される。畑作社会では何を栽培しても基本的に問題ないが,水田社会は上流から下流まで水路の管理や水の導入時期,水路整備や道普請を共同で協力して行う強固なコミュニティを必要とする。このシステムの一角が崩れると関係地域全体に機能不全をもたらすことになる。
人口減少・過疎化が進む日本の農業集落で食糧不足を来さない米生産体制を再構築するには,土地利用・集落再編・農業法人の育成・水田基盤整備の再構築など新たな仕掛けづくりが不可欠となる。それには国民的理解と協力が必要で,今こそ抜本的に農業政策を見直す時といえる。
3.日本の文化景観・自然環境保全の源としての米作と経済論理の調和を
米の生産調整・減反政策の導入を経済論理で推進したことに,地理学を研究する私は不満であった。農村のそれまでの努力や歴史文化を無視して,生産量や価格・生産効率から判断し,金で減反を図った。その結果,水田農業地域は大きく荒廃した。
日本の伝統的文化景観の多くは米作農業によって築かれている。また,中山間地における棚田やため池がダム機能を果たし,森林を涵養し,土砂災害を緩和し,海の資源をも涵養している。そのため,水田耕作の大規模・効率化を図る際も,こうした広い視野から自然と人間の共生による循環システムを再構築し,文化的景観・自然環境を保全し,後継者の維持・経済効率の向上を図るバランス感覚が重要と考えている。
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