世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2004
世界経済評論IMPACT No.2004

グローバリゼーションは死んでしまったのか

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2021.01.11

 グローバリゼーションという概念は我々を翻弄する。新型コロナウィルス・パンデミック発生以来,グローバリゼーションは終焉に近づいているという論調が増えている。これまで枕詞のように隆盛を誇ってきたこの言葉に決別をするときが訪れたのか。歴史的な視点,世界貿易構造の変化,グローバリゼーションという言葉の本質,の3点から考察し今後の課題を問いたい。

 第1に歴史という時間軸で考えると,グローバリゼーションは今日が初回ではないことを認識する。新大陸世界発見時代,帝国主義の時代,自由市場経済時代,という中世以降の移動と交易が拡大したグローバリゼーションの大区分を歴史理論家のF.ブローデルやI.ウォーラースタインなどはすでに論証していた。このパンデミックはこれらの3回目の山からの下り坂にさしかかっている時と位置づけられるであろう。ここではわれわれが胸を張って叫び合うこのグローバリゼーションの現象は決して始めてではなかったということである。そしてさらにこの現代のグローバリゼーション自体は実は次の3つの時期に区分される。第1期の欧州の地政学的変動のあった1990~95年のグローバル化直前の過渡期,第2期の1995〜2001年の急速なグローバル化の隆盛,第3期の現在の緩慢なグローバル化である。この第3期のトレンドについては2020年の通商白書もスロー・トレード時代という表現で第2期に対GDPの輸出弾性値の2という時代から1台に失速したと報じている。ルモンド紙記者シャレル(Marie Charrel)は最近の論説で「スローバリゼーション時代」が到来したと新造語で論じている。

 第2に世界経済のもっと深い構造的な変容を例えばダボスの世界経済フォーラムの Global Connectedness Index 2020 (GCI) の最近の分析によると世界経済はコロナ危機からすでに回復しつつあると次のように説明する。不確実性のなかでも注目すべき持続する現象として,寸断されたとされる世界のサプライチェーンはデジタル化した物流ロジスティックス技術の発達によってビジネスの流れはこれまでになく世界的に活況を呈している。そこではデジタルテクノロジーが人々や企業を結び付けて物理的距離が離れていてもフェイス・トウ・フェイス以上にビジネス・コンタクトが加速して進行している。ニューヨーク大学の分析ではグローバリゼーションは終わったどころか,誰もが予期していたよりも耐性力を発揮して世界貿易と直接投資の流れは盛んになっていると結論づけている。これまでの製造業中心のスマイル・カーブは今やハイパー産業次元に高度化したのだ。多国籍企業の支配する現代世界経済は内部化,外部化,提携などあらゆる差別化戦略の支配する寡占体制のなかでグローバリゼーションが想定するような自由市場経済では決してなかったのである。

 マクロ経済面に焦点を置く予測は往々にしてグローバル化の鈍化と長期停滞という見方につながる傾向がある。ニューヨーク大学の分析は政治軍事と非物質文化の跳梁が過小評価されているとする。これからのハイパー産業社会においては科学・情報・技術・文化・スポーツ・観光・移民・教育などの成長がエネルギー・一次産品・製造・サービス・投資などの伝統的な産業構造の停滞を上回っていく。今般のコロナ危機の影響もこのハイパー産業が牽引していく構造変化によって大幅な落ち込みはないとする。フランスのピエール・ベルツ教授は「ハイパー産業社会」のなかで「世界は工業化の終わりでなく産業社会の新たな形態として製造業+サービス+デジタルを融合したハイパー産業時代に突入。停滞でなく新たな発展段階に入るとする巨大なパラドックス(逆説)が進行している。ここではインターネットと航空海上輸送による無限の世界的なデジタルな連結が均等化に向かわず先例のない分極化を招来,世界は新たなセンター空間と周辺と分岐する」というシナリオを描く。

 第3にグローバリゼーションという「曖昧な」表現はどれだけの信憑性,科学的な説得力があるのか。フランスではグローバリゼーションとは別に“モンディアリザシオン”(mondialisation)という表現で区別,経済を超える次元でよく議論される。しかしグローバリゼーションという用語の使用は経済分野では普及したがその他の分野では実は決して支配的な言い回しにはなっていなかった。World Cat調査の年間グローバリゼーション書籍出版点数は衰退の兆しを徐々にみせていた。

 FACTIVA(200か国28言語の情報ソースアクセス)調査によれば米仏とも用語使用頻度は90年代の5万件から4万件に下がっている。それと並行して2000年あたりから逆にAlter,「もうひとつのグローバリゼーション」という用語が急増し,さらに下落した。そして用語「産業空洞化」に相当するhollow-out,や délocalisationの言葉が5年間で倍増10万件(2007年)に急増するようになった。同時に警戒・不安の声が仏伊西の国民の5分の1(Financial Times 2007)にも上るようになった。遂には2005年,英国サセックス大学教授Justin Rosenbergは“Globalisation theory: a post mortem”で「用語陳腐化した」とまで評した。

 フランスでは米国発とされるグローバリゼーションの動きには反対と賛成の両方のアンビバレントな感情が共存していた。フランスのブルデュー学派哲学者Frederic Lebaronは「グローバリゼーションと名を借りた仕掛けとその正当化が巨大な知的動員によって市場のグローバル化が今日の経験したこともないような勢力の様相を現出させることに成功した」と痛烈に批判した。米国の「トロイの木馬」とも言われた英国でもPaul HirstとGrahame Thompsonが批判(1999年),「現代グローバリゼーションは幻想に過ぎない」と喝破。理由は,①経済国際化の歴史は古く,②多国籍企業化はまだ一般的しておらず,③資本・投資・貿易は集中と独占の傾向を見せており,④市場は結局,規制管理される,などを挙げている。

 論壇のパラダイム探しは今後の一大テーマとなるであろう。

[文献]
  • Marie Charrel, « L’ère de la “slowbalisation” a commencé car les ingrédients de l’hyper mondialisation faiblissent » Le Monde 2021
  • Pièrre Veltz « La sociéte hyper-industrielle », Seuil, 2018
  • The end of globalisation? A reflection on the effects of the COVID-19 crisis using the Elcano Global
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2004.html)

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