世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1997
世界経済評論IMPACT No.1997

「ニュー・デジタル・ディール」による欧州モデルの構築はなるか

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.12.28

正念場を迎える欧州のスマートシティ戦略

 中国のスマートシティ・モデルの内容はこのコロナ危機の中でとくに監視と治安の面で一層,強化された。欧州にとってこれは重大な経済的な挑戦である。多くの中国企業は先端技術部門で先頭に立ち,欧州企業よりも世界市場でのシェアを伸ばしている。中国のスマートシティ・モデルはすでに欧州の地方都市のスマートシティづくりに格好の選択肢を与えようとしている。中国は単にスマートシティというだけでなく港湾,空港,鉄道などの公共交通システムが欧州の地方都市の優先課題であり,国家レベルの中央政府のように地政学的な杞憂を抱いていないということを知っている。中国政府は姉妹都市提携関係などを通じて経済関係を深めてようとしている。中国は2019年旧ユーゴスラビアのセルビアの政府と南部最大の都市ニシュ(Nis)と覚書協定を締結,同市はバルカン半島の中国モデル拠点になっている。現状の比較的限定された分野を拡大し中国はポスト・コロナにおけるソリューションとして中国モデルを持ちかけている。すでに繰り返し中国の閣僚からもスマートシティと都市交通が今後の優先協力部門であると指摘されてきた。また中国はタイでスマートシティ・プロジェクトについて日本と第3国市場協力を共同で実施することも提案している。デジタル・シルク・ロードは一帯一路政策の重要な柱となった。

 ファーウェイの5Gネットワークを巡る米中間の緊張は両国の技術の収斂がなく,ますます2つの違ったスマートシティのモデルが世界で覇権競争を繰り広げている。コロナ危機は欧州自身のスマートシティ・モデルをどのように野心的に競争力のある欧州独自の現存するデータ管理や基準とその文化風土にも根差したものにできるかどうかの正念場を迎えた。2020年4月に合意が難産の末,成立した次世代EU基金の予算はこのような米中の谷間に挟まれた欧州連合の意思の表れである。

EUのデジタル行動戦略のロードマップ

 英国の「第3の道」の先鞭者,アンソニー・ギデンズは「デジタル革命は現代世界の最大の変革の主役」であると述べている。第5世代移動通信システムが次の20年間のデジタル経済社会のもっとも重要なプラットフォームとなると認識,欧州はこの戦略技術に向けてグローバルなリーダーシップに動こうとしている。5Gは将来,リアルタイムでデータの収集と分析を提供する人工知能(AI)の「目と耳」になるとされていると認識されている。5G世代技術は欧州産業戦略イニシャティブの5つの優先分野のひとつとされている。EUは2016年に2020年までに5Gサービス単一市場を実現する欧州5G行動計画を採択した。グローバルな技術覇権争いのなかで欧州連合は欧州独自のデジタル戦略を米中とは差別化したものを打ち出そうとしている。

 その特徴は官民一体である。5GインフラPPP事業計画はEU委員会とITC産業界,通信電信事業体,プロバイダー業界,中小企業,研究機関など民間部門と連携することである。18年2月に発足したこの5G-PPP計画は第3局面にさしかかっているが,これからの10年にスマートシティ,電子医療システム,スマート交通・教育・メディアなど欧州が優位にある分野において欧州の世界的指導的なプラットフォームを樹立したいとしている。欧州5GインフラPPP事業の重点課題は次の6点である。①シームレスな無回線接続地域を現在の1000倍,②移動通信ネットワーク・エネルギー消費の90%節約,③新たなインフラサービス提供時間の90時間から90分への短縮,④高度通信ネットワークの世界的普及に貢献,⑤ダウンロード・ゼロによる安全で信頼に足るインターネットの立上げ,⑥低コストで幅広いサービスとアプリへのアクセス。これがEUのデジタル行動戦略のロードマップの主要項目である。

「ニュー・デジタル・ディール」による欧州型社会の構築

 米中間に高まる緊張は欧州が自分自身のデジタル技術力を発展させるためのインセンティブになっており,グローバルな先端技術開発の覇権争いにかかわるものである。欧州は民主主義的な価値観に基づく欧州市民の利益を守る開かれたデジタル・モデルを旨としている。この側面が米国や中国のデジタル社会モデルとは一線を画した差別化されたモデルとして注目されるであろう。EU連合は米中の中間の役割にいつまでも甘んじていることなく,その普遍主義的な理念に裏打ちされた民主主義的なモデルによって欧州型ハイテク技術国家連合体を目指すのである。米中間の中間地帯だといつまでたってもこのデジタリゼーションのゲームに正面から参加できず取り残されるかもしれない強い危惧がある。欧州はすでにリスボン戦略や欧州2020年戦略などいずれもその産業の国際競争力の高度化に失敗した。エッジ・コンピューティングのような競争優位にある次世代の技術で先陣を切らなければいけない。

 しかしEU加盟国は技術開発について協調行動がとれないままで来た。とくにブロードバンドやAI分野などのデジタル技術の戦略的に重要な面で共通の理解が成立していない。産学官民一体となった連帯と協力が新時代の基本的人権を擁護することを通じて,持続可能で包摂的な「ニュー・デジタル・ディール」と命名された欧州型デジタル社会モデルを目指すものである。重点戦略は次の4点である。オンライン教育によるデジタル・ディバイドしたの解消,中小企業をバックにした持続可能なデジタル化,強力な完備されたデジタルインフラ,公平な競争ルール,プライバシーの権利に基づく倫理的信頼の重要性などである。すでに世界人口の45%がスマートフォンを持ち,ネオノマードと呼ばれるひとびとが移動する近未来社会が待ち構えており,欧州も加えた主要国間で技術覇権争いは激化の様相である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1997.html)

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