世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米大統領選後の米中対立の行方
(杏林大学 名誉教授)
2020.11.09
米大統領選後の米中対立はどうなるのか,日本にとっては気がかりな問題だ。新型コロナウイルスの感染拡大によって,米世論の対中感情が悪化の一途をたどる中,米国の対中強硬姿勢は今や,米政府だけでなく議会も党派を超えてワシントンのコンセンサスとなっている。今回,大統領選で政権交代があっても,米中がデカップリング(分断)に向かうという基本的な流れに変化はないだろう。
なりふり構わない米国の中国企業排除
ポンぺオ米国務長官は20年7月の演説で,すべての元凶は中国共産党だと断定した。米中対立を民主主義と共産主義の「体制間競争」と捉え,中国共産党に対抗するため,民主主義国家による中国包囲網の構築の必要性を訴えた。
このポンぺオ演説を受けて,米国は中国企業を排除するために,安全保障を理由になりふり構わず強引な措置を相次いで実施している。米国は中国通信機器大手のファーウェイを標的にし,グローバル・サプライチェーンのアウトプット(販売)とインプット(部品調達)の両面から遮断する措置を打ち出した。アウトプットの面では,19年8月,ファーウェイ製品の政府調達を禁止したのに続き,20年8月,ファーウェイ製品を使う企業からの政府調達も禁止した。また,インプットの面でも,20年5月,米国の製造装置やソフトを使った半導体について,ファーウェイへの輸出を禁止,兵糧攻めにしている。
米国が排除しようとする中国企業は,ファーウェイなど通信機器メーカーにとどまらず,モバイルアプリを運営する企業にも及んでいる。トランプ大統領は20年8月,動画共有アプリ「ティックトック」を運営する中国IT企業のバイトダンスと,米国の企業や個人との取引を禁止する大統領令に署名。さらに,ティックトックの米国事業売却を命じる大統領令にも署名した。アプリが「トロイの馬」のような役割を果たし,利用者の個人情報が中国共産党に提供され,企業のスパイ行為などにつながると恐れたからだ。しかし,買収交渉は米中の思惑が交錯して停滞,配信禁止も米連邦地裁が一時差し止めを命令したため,法廷闘争に持ち込まれている。
米国務長官は20年8月,米国の通信ネットワークから中国企業を一掃する「クリーンネットワーク構想」を発表した。これは,「市民のプライバシーと企業の機密情報を,中国共産党などの悪意ある攻撃者から守るためのトランプ政権の包括的なアプローチ」である。4月に公表した次世代通信規格(5G)のクリーンパス構想を拡大,キャリア,アプリ,クラウド,ケーブルなど中国排除の対象を5分野追加した。
ファーウェイやティックトックの排除も,この構想の一部に過ぎず,反中戦線はさらに拡大する可能性が高い。中国企業の台頭を座視できなくなった米国の次の標的は,アリババなどの中国企業のクラウドサービスだと見られている。米国は,クリーンネットワーク構想への参加を日本など各国に呼び掛けているが,同調の動きは鈍い。
「踏み絵」を回避するための心得
米中デカップリングによって,日本が「踏み絵」を迫られ股裂きになるリスクが現実味を帯びてきた。ファーウェイに対する両面封鎖,クリーンネットワーク構想への参加など米国の踏み絵に対して,中国も輸出管理法などで牽制しようとしている。
「やられたらやり返す」のが中国だ。中国版の輸出管理法が10月,全国人民代表大会(全人代)常務委員会で成立し,12月から施行される。米国の対中輸出管理強化に対する対抗措置である。中国は今後,戦略物資など管理品目を決定し,輸出を許可制にし,特定企業を禁輸リストに掲載する。中国から管理品目となった原材料,部品を輸入し完成品を海外に再輸出する第三国の企業も対象となる。
警戒すべき点は,各国が米国の対中規制に同調しないようにするための牽制として,「報復条項」が盛り込まれたことだ。中国の安全や利益に反する恐れがあると判断した場合,輸出を禁じたり,禁輸リストに掲載するとしている。
中国の反発を買うと,豪州の「二の舞」となりかねない。日本も中国の「エコノミック・ステイトクラフト」(外交・安保目的の経済的圧力)に直面する恐れがある。米国のエンティティ・リストによる禁輸やその他の制裁に従うと,中国から処罰されるかもしれない。日本の政府も企業も,虎の尾を踏まぬよう安全保障に目配りした技術管理が不可欠となっている。
米中対立の先鋭化によって,安全保障を理由とした貿易や投資の規制が急増しているが,米国の対中規制はWTO協定違反の恐れがある。WTO協定ではGATT第21条,さらにはサービス貿易に関するGATS第14条などにおいて,安全保障例外を規定。しかし,従来,各国がこの条項を自粛的に運用することが「暗黙の了解」だった。
安全保障上の理由を客観的に認定するのは難しい。安全保障の概念が曖昧なためだ。そこに付け込んで一線を越えたトランプ政権は,通商拡大法232条や国防授権法などの国内法を根拠に,恣意的に強引な拡大解釈をして乱用している。しかし,米国の対中制裁関税について,WTOのパネルは20年9月,WTO協定違反と報告,クギを刺した。
選挙結果はまだ確定していないが,次期大統領の椅子はバイデン氏がほぼ手中に収めたようだ。バイデン氏は,中国を脅威として捉えているが,対中戦略の面ではやや柔軟な姿勢を見せている。二国間主義に固執せず,中国を牽制するために同盟国との連携を強める一方,気候変動など一部の分野で中国と協調する用意もあると言っている。米国の対中制裁関税に関しても,軌道修正が行われる可能性が少なくない。米国の対中圧力はトランプ政権よりも巧妙になろう。
日本は,安保上の懸念が生じないよう米国と連携しつつも,中国に対し余計な刺激を与えないよう独自の対応を模索すべきだ。クリーンネットワーク構想に関しても闇雲に参加すれば,日本も米国と一緒に中国からWTOに提訴される可能性もある。米中デカップリングに対しては,WTO協定との整合性の観点から,個々の案件に是々非々で臨み,米国が暴走しないよう自制を促していくのが日本の役割である。
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馬田啓一
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