世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1884
世界経済評論IMPACT No.1884

「非効率石炭火力発電所のフェードアウト」は政策転換か

橘川武郎

(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)

2020.09.21

 7月3日,梶山弘志経済産業大臣は記者会見を行い,「2030年までに非効率石炭火力をフェードアウト(休廃止)させる」という方針を発表した。この方針が社会的注目を集めたのは,第一報で「非効率石炭火力の9割を休廃止」と伝えられ,あたかも政府が脱石炭火力に政策転換したかのような印象が生まれたからである。

 しかし,それは,完全なミスリーディングである。実際には,梶山経産相は,発電効率38%以下の亜臨界圧(SUB-CC)や38~40%程度の超臨界圧(SC)などの非効率な石炭火力は休廃止するが,発電効率41~43%程度の超々臨界圧(USC)や46~50%程度の石炭ガス化複合発電(IGCC)などの高効率な石炭火力は今後も使っていくと明言した。このこと自体は,すでに2018年に閣議決定された第5次エネルギー計画の中で明記されており,けっして新しいものではない。今回の「非効率石炭火力フェードアウト」方針は,欧州諸国のように脱石炭火力に政策転換したものではまったくなく,その本質は,「高効率石炭火力を使い続ける」意思表示を行った点にあると言える。したがって,この方針によって,「日本は脱石炭の流れに逆行している」という欧州諸国や環境志向型投資家からの批判が弱まることはないだろう。

 ここで見落としてはならない点は,大臣記者会見の3日前の6月30日にはJ-POWER(電源開発)の竹原発電所新1号機(広島県,60万kW)が,2日前の7月1日には鹿島パワー(J-POWERと日本製鉄との折半出資会社)の鹿島火力発電所2号機(茨城県,64.5万kW)が,それぞれ営業運転を開始したという事実である。これら2基はいずれも高効率のUSCであり,それらの運転開始とほぼ同じタイミングで発表された「非効率石炭火力フェードアウト」方針のねらいが,石炭火力への風当りを弱め,高効率石炭火力を維持していく意思表明にあることは,否定のしようがあるまい。

 また,「9割を休廃止」という表現にも,数字のマジックが潜んでいる。非効率石炭火力114基のうち88%に当る100基程度を休廃止させる方針なのだから,確かに「9割」と言っても嘘ではないだろう。しかし,それは,あくまで基数ベースでの話である。

 ここでは,非効率石炭火力の設備容量が総じて小さい事実を,忘れてはならない。資源エネルギー庁が7月13日に配布した資料「石炭火力発電所一覧」(20年7月時点)をもとに筆者が数えたところ,データが判明する非効率石炭火力112基のうち64基(57%)が出力15万kW以下であり,5万kW以下のものも26基(23%)あることがわかった。これに対して,高効率石炭火力の設備容量は大きい。同じ資料に掲載された28基のUSCの出力は,いずれも50万kW~105万kWに達する。しかも,現在,出力50万kW~107万kWの高効率石炭火力(USCおよびIGCC)12基の新設・リプレース計画が進んでおり,これらのうち10基は,24年度までに営業運転を開始する予定だと言う。

 この設備容量の格差を考慮に入れると,より重要な意味をもつ発生電力量ベースでは,「非効率石炭火力フェードアウト」方針のインパクトは,9割には遠く及ばず,4割弱にとどまることが判明する。18年度実績で全発電量に占める石炭火力発電量の比率は32%に及ぶが,その内訳を見ると非効率石炭火力発電量の比率(16%)と高効率石炭火力発電量の比率(13%)とのあいだには,大きな差異がない。基数では,非効率114基,高効率26基(18年度末時点)と大差があるにもかかわらず,である。しかも,今後,USCやIGCCの新設・リプレースが進めば,高効率石炭火力発電量の比率は20%にまで上昇するとしている。32%が20%になるということは,4割弱減少することを意味する。

 第5次エネルギー基本計画は,30年の電源構成に占める石炭火力の比率を26%としている。それが,「非効率石炭火力フェードアウト」方針の実行によって,20%程度にまで縮小する。今回のフェードアウト方針の実際のインパクトは,その程度のものであろう。

 ただし,留意すべき点がある。それは,この程度のインパクトでも,「非効率石炭火力フェードアウト」方針によって経営上大きな打撃を受ける企業群が,2グループ存在することである。

 第1は,原子力発電所の稼働・再稼働を実現していない,あるいはもともと持っていない電力会社である。原発を持たない沖縄電力を筆頭に,原発の稼働・再稼働をはたしていない北海道電力・J-POWER・中国電力・東北電力・北陸電力は,非効率石炭火力のウエートが大きく,それが休廃止されれば深刻なダメージを受ける。

 これに対して,すでにUSCへの転換を済ませつつあるJERA(東京電力と中部電力との折半出資会社,多くのLNG[液化天然ガス]火力発電所を有する)やそれを済ませた関西電力は,非効率石炭火力のウエートが小さく,それが休廃止されてもほとんど影響を受けない。関西電力の場合には,元来石炭火力依存度自体が小さい,原発4基の再稼働をはたしている,という事情も作用している。業界の1~3位を占める東京電力・関西電力・中部電力にとっては,「高効率石炭火力を使い続ける」ことを明確に打ち出した「非効率石炭火力フェードアウト」方針は,むしろ歓迎すべきものなのである。

 経営上打撃を受ける第2のグループは,自家用の石炭火力発電所を持つ化学メーカー・製紙メーカー・鉄鋼メーカーなどである。これらの自家用石炭火力は,ほとんどすべてが非効率石炭火力であり,今回の休廃止方針の検討対象となる。反面,これらの自家用石炭火力は,各メーカーにとってきわめて重要な競争力の源泉となっている。今後,「非効率石炭火力フェードアウト」方針の実施過程では,非USC石炭火力への依存度が高い電力会社からだけでなく,自家用石炭火力を有する化学・製紙・鉄鋼メーカーからも,強い抵抗が生じるであろう。

 ここまで,特定の企業群には経営上の脅威となるものの,今回の「非効率石炭火力フェードアウト」方針は,けっして政策転換とは言えず,その本質は「高効率石炭火力を使い続ける」意思表示にあったと論じてきた。この方針に関連しては,「石炭火力輸出は原則禁止」との報道もなされているが,これも,ややミスリーディングである。厳密には「輸出支援条件の厳格化」と言うべきであり,条件の中心的な内容は,輸出先相手国が地球温暖化対策へ真摯に取り組んでいることにある。ここで想起すべきは,日本から輸出される高効率石炭火力は,相手国の在来型石炭火力に比べて二酸化炭素排出量を減らす効果を持つため,石炭火力輸出自体が地球温暖化対策となりうる点である。つまり,条件と結果が事実上同義となり,一種のトートロジー(同義反復)が生じて,それ自体が相手国の地球温暖化対策に資するという「理屈づけ」で,石炭火力輸出が正当化される道が残されているのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1884.html)

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