世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米大統領選挙:トランプ大統領の失地回復策と対中非難
(桜美林大学 名誉教授)
2020.08.03
バイデン攻撃を強化した再選戦略
投票日まで100日を切ったが,バイデン優位は変わらず,トランプとの差を広げている。共和党常勝のテキサス州,フロリダ州などでも,トランプの支持率が落ちている。「今日が投票日だとすると誰に投票しますか」。この世論調査の質問に,ABCニューズ・ワシントンポスト調査では,トランプと答えた人が40%,バイデンと答えた人は55%。フォックスニューズ調査ではそれぞれ41%,49%(調査時点はともに7月12−15日)。また,トランプ大統領に対する支持率は,ギャラップ調査(6月8−30日実施)で支持38%,不支持57%,キニピアック大学調査(7月9−13日実施)でそれぞれ34%,61%。両調査ともに4月から不支持率が上昇している。
ギャラップ調査などによると,トランプ大統領に対する支持率の低下は,とりわけコロナウイルス感染の影響がもっとも大きい高齢者層,宗教的信念との相違を強めるカソリックやエヴァンジェリカルズ(福音派),女性,大学教育を受けていない白人層でみられる。このため,トランプ陣営は6月から選挙戦略を転換し,2016年選挙で成功した有権者が不安を抱く犯罪,移民,中国に焦点を当て,バイデン攻撃を強化する方針に転換したという(Politico,6月8日)。また,7月中旬,トランプ大統領は選対本部強化のため,2016年選挙を成功させたジェイソン・ミラーを上級顧問に呼び寄せ,ビル・ステッピーンを副本部から本部長に引き上げた。
戦略転換の最初はマスクの着用であろう。絶対にマスクはしないと言い張ってきたトランプ大統領が7月20日,マスク姿の写真をツイートし,臆面もなくマスクの着用を国民に呼び掛けた。医療専門家はこれが3月か4月だったら感染はもっと抑えられたのにと嘆いた。また,最近まで開催にこだわっていた全国共和党大会(フロリダ州ジャクソンビル,8月17−20日)も感染者と死者の急増で7月23日,突然中止した。
人種差別反対デモの鎮圧も,再選目的だと言われる。5月末,偽札使用の疑いでミネアポリスの警官に捕えられた黒人ジョージ・フロイドの窒息死を契機に,人種差別に反対し,警察改革を求めるデモは全米に広がっている。トランプ大統領は,軍による鎮圧を求めたが,反対されると,7月中旬から迷彩服を着た武装の連邦職員を西海岸のポートランド,シカゴ,フィラデルフィアなどに送り込み,催涙ガスなどでデモ隊を鎮圧している。連邦職員とは,国土安全保障省の国境警備,移民税関管理などを担当する職員で,「迅速展開チーム」として組織したものだが,その行動は悪質な憲法違反と批判され,差し止めを求める訴訟が各地の地裁で起こされている。トランプ大統領はデモ隊を「危険な左翼グループの暴徒」と決めつけ,バイデンは警察予算の削減に反対しているにもかかわらず,「バイデンが当選したら街はこうした暴徒に占拠される」と公言している。
トランプ選対が最近出したテレビ広告にこんなものがある。夜,独り住まいの老婦人宅に賊が侵入。彼女は襲われ,持っていた携帯が床に転がり落ちたところで,アナウンスが流れる。「ジョー・バイデンの米国では,あなたの安全は守れません」。これを見て,1988年の大統領選挙でブッシュ(父)陣営が流したテレビ広告を思い出した。当時,マサチューセッツ州の凶悪殺人犯ウイリー・ホートンは一時帰休中に逃亡し,再び殺人を犯して国民を震え上がらせた。「マチューセッツ州がやっている罪人の一時帰休制度を国に採用させてはならない」と訴えたこのテレビ広告の映像効果は絶大で,ブッシュ副大統領は同州のデュカーキス民主党知事に圧勝した。
瀬戸際まで来た対中攻撃
新型コロナウイルス発生以降,トランプ大統領の対中非難は過激化するばかりだが,これも再選戦略と無関係ではない。最大の事件は,在ヒューストン中国総領事館の閉鎖(7月22日命令),これに中国が報復した在成都米国総領事館の閉鎖である(同24日)。中国軍との関係を隠したまま,ボストン大学などで研究活動に行っていた中国人学生の拘束,米中双方の外交官の活動制限,一部記者の国外追放など,米中間では応酬が続いているが,なぜトランプ大統領はこの時点で総領事館の閉鎖という強硬手段をとったのか。中国による米国の知的財産への侵害を阻止する交渉は,今年1月に締結された「米中第1段階合意」で,一定の解決が図られたはずである。
これに先立つ7月15日のニューヨーク・タイムズ(NYT)は,中国共産党員およびその家族の全面的な米国入国の禁止,滞米中の彼らの国外追放,中国人民解放軍メンバーの入国制限などを命じる大統領布告が政権内で起草中だと報じた。同記事によると,大統領の対中強硬姿勢を明確にするための作業で,案文作成には国家安全保障会議,国務省,国土安全保障省が関与している。トランプ大統領が布告案を受け入れるか否かは不明のようだが,大統領の命令もないまま,こうした作業が進んでいることを知った。
国家安全保障会議が作成した5月20日付の報告書『米国の対中戦略アプローチ』は,トランプ政権の対中政策に関する基本文書である。報告書では中国を単に中国とは書かず,中華人民共和国(PRC)とし,PRCは中国共産党(CCP)のマルクス・レーニン主義を信奉する一党独裁下にあると書く。報告書の眼目は,国交樹立以来40年間続けた米国の対中関与政策は失敗だったと断じ,「国際システムを自らの利益に合致させるように改編しようとしているCCP」に対して,米国がとるべき政策は「戦略的競争」だと主張している。そこには米中協調という選択肢は見当たらない。「競争は必ずしも対立や抗争には至らない」と述べているが,それを保証する議論もみられない。
トランプ政権の対中強硬派の4人が,6月24日からほぼ毎週全米各地で激しい対中非難を展開したことも前例がない。演説したのは順に,ボルトンの後任であるオブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官(演説地はアリゾナ州),レイFBI(連邦捜査局)長官(同首都),バー司法長官(同ミシガン州),ポンペオ国務長官(同カリフォルニア州)である。オブライエン補佐官は習主席をスターリンになぞらえ,ポンペオ長官は「習主席は破たんした全体主義イデオロギーの真の信奉者だ」,「中国人民解放軍(PLA)は普通の軍隊ではない。CCP幹部の統治を守り,中華帝国の拡大を目指すためにある」などと語っている。上記報告書は,対中封じ込め政策の採用を否定しているが,ポンペオ長官は演説で「(中国に対抗する)新たな有志連合,新たな民主主義諸国同盟を作るときかもしれない」と述べている。
トランプ大統領のバイデン非難
こうした対中非難はトランプ大統領のバイデン攻撃に直結している。「バイデンはその生涯をCCPに捧げた」,「バイデンが支援した中国のWTO加盟は地政学的にも経済的にも大失敗だ」,「中国をWTOに加盟させて最恵国待遇を与え,米国を脅かすまでに発展させたのがバイデンだ」,「バイデンは対中関係を悪化させることにはすべて反対した」(香港自治法案に署名した7月14日の夕方の大統領記者会見での発言)。なお,中国のWTO加盟はブッシュ(子)政権下で実現した。
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