世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1768
世界経済評論IMPACT No.1768

九月入学への移行は本当に必要なのか

熊倉正修

(明治学院大学国際学部 教授)

2020.06.01

 政府や与党が公教育の学年の開始時期を九月に移すことを議論していたが,どうやら見送られるようである。秋入学への移行は過去に何度も議論され,その度に立ち消えになっている。同じことが繰り返される背景には,「現場のことをよく知らない人たちが教育改革を行いたがる」,「そうした人たちの間に,制度を変えると教育や社会が変わるという思い込みがある」という日本の教育政策の問題がある。

 最初に秋入学が論議の遡上に乗せられたのは1980年代半ばのことである。中曽根康弘首相の諮問機関である臨時教育審議会が,大学改革や教育の国際化を目的として秋入学への移行を提言した。その後,森喜朗内閣の教育改革国民会議や第一次安倍晋三内閣の教育再生会議でも同じような議論が行われている。2011年には東大が秋入学への移行を検討して話題になったが,結局実現しなかった。経団連などの財界団体も高等教育機関の春・秋入学を何度か提言している。

 今回の議論が過去の議論とやや異なっていたのは,高等教育だけでなく,初等教育を含むすべての学校の学年歴の変更が検討されたことである。その背景に,新型コロナウイルスによる突然の休校や,それに伴う地域間の教育格差の問題があったことは言うまでもない。しかし仮にすでに秋入学が標準になっていたとして,そこで今回のような事態が発生した場合,「教育の遅れを取り戻すために,すべての学校を春入学に戻そう」という話になるだろうか。「遠隔授業の体制も整えつつ,通学再開後に時間をかけて遅れを取り戻し,子どもたちの不利益をできるだけ小さくするように頑張ろう」という話に落ち着くのではないか。

 そうだとすると,「学習の遅れを取り戻す」は言わばついでの話であり,過去の提言と同様に,教育機関の国際化やグローバル人材の育成が主たる目的ということになる。そして秋入学推進派の人々が強調するメリットとは,欧米諸国と学年の開始時期が揃うことにより,外国人の日本留学と日本の大学生の海外留学が促進されるということである。

 しかしこうした主張をする人たちは,大学や留学の現状を十分に理解しているだろうか。最初に秋入学が話題になった1980年代と異なり,今日の日本の大学の約三分の一は春・秋両方の入学を認めている。秋に入学する学生の大半は留学生や帰国子女だが,彼らにとって大学の学年歴が春に始まるか秋に始まるかということは大した意味を持っていない。

 「秋入学がグローバルスタンダード」と言う人がいるが,国によって学年の開始月はまちまちである。また,日本の大学で学ぶ外国人のほとんどは近隣のアジア諸国の出身者であり,その多くは内外の日本語学校を経て入学するので,出身国の学年歴と日本の学年歴が同一であるほうが便利だとは限らない。

 「秋入学に移行すると日本人学生の留学が促進される」という意見はどうだろうか。日本学生支援機構(JASSO)の調査によると,2018年度に海外の大学等に留学した日本人学生115,146人のうち,1年以上に渡って留学した人は2,034人(1.8%)しかいない。逆に3か月未満の人が86,917人(75.5%),3~6か月未満の人が12,271人(10.7%)にも上る。JASSOの別の調査によると,留学先での学習内容も「語学のみ」と「語学+専門」がそれぞれ63.7%と24.5%であり,専門分野の本格的な研究や勉強を目指して留学した学生は11.8%しかいない。

 つまり,今日の日本の大学生の留学の大半は,長期休暇かせいぜい一学期を使って外国語を学ぶだけのものである。外国の大学の正規課程で学ぶ場合でも,学位取得を目指しているわけではないので,留学先と日本の学年がずれていることが大きな問題になるとは考えにくい。日本の高校を卒業して外国の大学に進学する学生に関しても,語学のハンディを補うために卒業と入学の間に一定の期間があるほうが望ましいケースも多いはずである。これらのことを考えると,学年の開始時期と留学の間にどれだけの関係があるのかは疑わしい。

 「九月入学でグローバル化」という主張の背後には,それによって画一的な教育を打破し,多様で力強い人材を育みたいという希望があるのだろう。そのことは,過去に秋入学が大学の入試改革とともに議論されることが多かったことにも表れている。そうした希望は理解できるが,学年歴をいじれば教育が変わると考えるのはあまりにも安易だし,改革の順番を間違えている。

 そもそも,小中学校から大学までの学年だけを九月開始に変更し,官公庁や企業の新卒採用や会計年度の開始は四月のまま,というのではおかしくないだろうか。高校生や大学生を夏に卒業させるなら,秋に仕事に就くことができる態勢を整えなければならない。しかし政府が秋入学移行と同時に公務員試験の時期をずらすとか,一年間に二回実施することを検討しているとかいった話は聞かれなかった。小池百合子都知事は「私はもともと九月入学論者」「日本の教育がグローバルスタンダードに近づくためにも秋入学が必要」と主張していたが,それならまず東京都の新卒採用を秋に切り替えるべきではないか。

 こう書くと,企業はすでに通年採用に向かっていると言う人がいそうである。就活ルールの形骸化が進む中,確かに企業の採用活動は長期化している。しかし大企業の中で,新卒者に一年中いつ入社してもらっても構わない,入社時期によって差別することは絶対にしないという会社がどれだけあるだろうか。官公庁や大企業の多くは一定の年齢に達した職員・社員を会計年度末に一斉に退職させる定年制度の下で動いているので,定年者の退職と新卒者の入職の時期がずれると辻褄が合わなくなる。したがって本格的に新卒者の通年採用を行うなら,既存の人事管理制度を根底から改革する決意が必要になる。

 現状でも,多くの大学は秋卒業を認めている。それでもほとんどの日本人学生は春卒業を選択し,中途で外国に留学した学生でさえ無理をして四年間で卒業しようとする。それは,他の学生と同じ時期に就職活動を行って三月に卒業しないと,その後の人生において不利になることを彼らがよく知っているからである。政治家や財界関係者が若者のそうした行動を画一的だと言って嘆くのは勝手だが,それを変えたければ,まず自分たちが変わらなければいけないのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1768.html)

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