世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1746
世界経済評論IMPACT No.1746

中国発コロナ・パンデミック:危機対応で明らかになったこと

太田辰幸

(東洋大学アジア文化研究所 客員研究員)

2020.05.18

 新型コロナウイルスがパンデミックに発展し,多くの国が大混乱に陥っている。グローバル化のもとではじめて経験するカタストロフィックな災厄の渦中にある。世界経済をみても,IMFの予測によれば,2020年の成長率はマイナス3.0%(4月「世界経済展望報告」),WTOの見通しでは貿易量は最大三分の一の減少を見通しており,いずれも金融危機を上回る。雇用も多くの国でかってない深刻な状況にあり,米国では,大恐慌以来という30%の失業率(ライシュ元労働長官)が予測され,大不況の惨状を呈している。本稿のテーマ国中国の本年の経済成長率も改革開放移行(1979)以来という1.2%(IMF予測)の低成長が見込まれている。

 ここまで大惨事に発展したのはなぜか。われわれの生活,社会を根底から覆しかねない事件であり,なによりも多くの国の人命に関わるだけに,検討を加え,再発防止が求められます。

武漢の新型コロナウイルス発見と政府の対応

 今回コロナウイルス拡散の原因追及で,元々の発生の国,北京政府の隠蔽体質が問われている。昨年12月李文亮医師医師が新型ウイルスの危険性を情報発信したところ1月初め,武漢の公安から訓戒処分を受け,情報公表が封じられ,まず初動の感染拡大の抑止に失敗した。情報は統制されても感染は止まらず,死者は増え続け,当局は1月23日武漢市をロックダウンしたが,すでに500万人が武漢市を離れた後だった(周先旺武漢市長の話)。この措置の遅れが,二日後の春節で国内各地,また海外にウイルスをまき散らすことになった。北京政府が国内の感染の実態を公表せず,真相が伝わらなかったことが,事の深刻さの認識を妨げ,広く感染を拡げることになった。さらに事態を混乱させたのはWHOの中国との癒着ともいえる関係であった。すでに昨年末台湾がコロナウイルスのヒト−ヒト感染のリスクをWHOに伝えていたにも関わらず,WHOは中国への配慮から取り上げなかったこと,また事務局長が「中国は習主席の指揮下,感染をコントロールしている」(1月29日)と中国を持ち上げるなど,パンデミックの兆しが見られたにも関わらず,認めなかった。結局パンデミックを正式に宣言したのは1か月半後の3月11日と大幅に遅れた。一連のWHOの中国への傾倒をみて,トランプ大統領が「WHOは中国寄り」と批判し,資金拠出の停止措置に出た。(付記:この「中国寄り」発言は,NHKや民放が原語の“China-centric“を訳したものですが,誤解を招きかねない。ここは「寄り」ではなく,「中国べったり」ないし「中国中心主義」が適当と思われます)。実際にWHO幹部の言動が世界に偽りの安心感を与え,ウイルス感染への警戒心を弱め,危機対応の遅れをもたらしたことは否めず,WHOの責任は大きい。この事件で改めて中国の影響力が国際機関まで浸透していたことが明らかとなった。

 隠蔽体質と同根であるが,今回中国が発表したコロナ感染者,死者数も疑問視されている。以前から中国の発表するGNPなども実態を反映していないのではないか,と言われてきたが,実際に今回の感染データをみても不審は拭えない。中国のコロナ感染者,死者は3月中旬頃までは世界最多であったが,その後欧米主要国の感染急増によって徐々にランキングは下がり,5月1日には患者,死者数とも世界11位となった。とくに3月末から4月中旬まで死者数の伸びが不自然で,この間わずか40人の増加にすぎなかった。しかし,4月16日から二日間で3,346人(世界9位)から4,636人(同8位)へと4割近く増えていた。考えられる理由は,その頃欧米に比べて中国の公表数字は少なすぎると声が上がり始め,あわてて修正したと思われる。さらに4月中旬から2週間に死者の増加がただ一人(4,636人(4月18日)から4,637人(5月1日)(11位))というのも,当時広東省や東北部の感染増が報道されていたことを思えば,納得しかねる数字と言わざるをえない(数字は:John Hopkins 大学まとめ(日付は調査時点)。日経掲載の表から)。

北京政府の統治政策と隠蔽体質の問題

 感染がパンデミック化したのは,上記の北京政府の隠蔽操作,情報統制に加えて中国の近年の海外投資の急増,貿易の大幅拡大,海外旅行者の飛躍的増加,それと航空需要の激増などグローバル化の要因でもある海外進出の増大が少なからず関っている。欧亜を結ぶ「一帯一路」もそれに一役を担っているが,これはコロナウイルス感染のハイウェイ(米誌Foreign Policy記事)になりかねないとの声もある。しかし,今回,短期間にローカルな伝染性病原菌をパンデミックへと発展させた最大の要因は隠蔽体質,情報統制が少なからず関わっていることは否定しようもない。これは北京政府の基本的な統治政策の問題であり,統治のあり方と関わっている。武漢当局としては,いつもの中央政府の方針に従ったまでであろうが,これが思いも寄らぬ大惨事を招くことになった。北京政府も自らの統治のシステムが実際にここまで自国のみならず,世界を大混乱に巻き込むことになろうとは,おそらく思いも及ばなかったことであろう。

 当局が一医師の警告を早期に取り上げておれば,北京政府が初期の段階に広くその感染の危険性を公表しておれば,またWHOが客観的科学的な事実の発表に圧力を加えられていなければ,事態がここまで悪化したであろうか。北京政府もこのような事態になることを望んでいたとは,よもやあるまい。 この武漢発ウイルスがパンデミックとなり,世界を黙示録的惨禍に陥れるとわかっていれば,最初に告発した武漢の眼科医を決して拘束し,発言を封じなかったであろうと思われる。ここに中国の統制の取り組みの基本的な禍根があるのではないか。中央政府は単なるローカルの当局の一時の失政とみているのかどうか,気になるところです。

 過去にも中国共産党はチベット侵攻(1950)を自国民には「解放のため」と信じ込ませ,実態を世界にも伝えず,天安門事件(1989)の際のTV放映画像を「技術によって操作されたもの」と平然と言い放ち,事件の死者は英情報機関の調査では1万人に上るとされるが,319人と過小に抑えた党の発表など,真相を糊塗した宣伝で切り抜けてきた。しかしこれらアジアの限られた国内,ないし二国間の問題は欧米にとってはあまり関わりのない遠い外国の問題として,長く関心を引き留めるに至らず,北京政府も批判をやり過ごしてきた。しかし,今回は世界を巻き込み,自らの生活,生命の危険がいつ直接身に降りかかってくるかもしれない問題である。まるで戦時のように身近なヒトが罹患し,つぎつぎに病院に運ばれ,バタバタと死んでいく,葬列が絶えない状況が日常的になった。誰もがつねに恐怖にさらされて生きている。人々は正面からこの問題に向き合うことになり,その責任の所在を問い詰めようとする。必然的に従来の中国の隠蔽体質が問われざるをえない。今回のパンデミック災厄が提起した課題の一つではないかと思われます。

 今回のコロナ禍によって,各国の医療対策や危機管理の取り組みなど,各国間の相違,特徴などが浮き彫りにされることになり,中国の国内統治の基本的な体質やその問題,国際機関との関わりが明白に示されることになった。また,グローバル化によって生まれた多国間の生産,流通,消費のネットワーク,サプライチェーンが大混乱に陥り,グローバリゼーションのもつ脆弱性の認識が広まった。医療品の調達困難が招いた人命救済の切羽詰まった問題も相俟って,改めてグローバル化の功罪が問われることにもなり,今後の世界経済の展開が注目されるところです。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1746.html)

関連記事

太田辰幸

最新のコラム