世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1685
世界経済評論IMPACT No.1685

コロナ禍に危機管理・安全保障の視点から首都機能:新たな国土構造のあり方を考える

戸所 隆

(高崎経済大学 名誉教授・(公社)日本地理学会 前会長)

2020.04.06

 中国から始まった新型コロナウイルスの感染はグローバル化の波に乗りパンデミックを起こした。その結果,世界の主要都市で都市封鎖(ロックダウン)が相次ぎ,首相や対策担当大臣などまで感染する国が出るなど,世界の社会経済が深刻な混乱状況に陥っている。日本は4月1日現在,最悪状態に陥っていないが国も地方も国民も目先のコロナ禍対策・政策に追われ,危機管理・安全保障やコロナ禍終息後の世界構造を考える視点が弱いと懸念する。そこで危機管理・安全保障の視点から,新たな国土構造のあり方・首都機能移転の必要性を考えてみたい。私たちは繰り返し襲われるウイルス感染・自然災害・防衛等に関する事態に備えねばならない。東京の都市封鎖もささやかれるようになったこの期に,将来に備えて改めて国土構造のあり方を考える必要がある。

 国家の司令塔である首都東京の閉鎖が起これば,正常な国家運営ができず,その副作用は計り知れない。かかる状況下の日本は,安全保障上不安定になりやすい地政学的位置にある。災害が少なく政治的に安定した時代には,脆弱な沖積平野にある一極集中型巨大都市・東京に首都機能があることで効率よい経済成長に役立った。しかし,災害多発期・世界の政治経済の転換期の今日,一極集中型国土構造は最大の弱点となる。一極集中型巨大都市・東京の首都機能低下・崩壊が惹起し,国富・人材が一気に失われる事態はなんとしても避けねばならない。悪夢は見たくない。

 筆者は50年間強の都市地理学・国土構造研究の中で,かかる事態を避けるため首都機能移転の必要性を論じ,1990年代の議員立法に基づく国会等移転審議会でもこの問題に専門委員として係わってきた。しかし,21世紀になり阪神淡路大震災後の危機意識が薄れ,10年間で3兆円弱の公的移転負担が大きいという財政的論議や東京都の強烈な反対などから国会論議もされなくなり今日に至っている。当時,国は「国政全般の改革」「東京一極集中の是正」「災害対応力の強化」を移転意義としてあげた。また,首都機能に特化した小さな都市を東京と相互連携できる場所に新規形成し,地方分権を推進し,ネットワーク型国土構造の構築を目指した。この必要意義・国土構造像の重要性は,コロナ禍の現在,危機管理・安全保障上からも強まっているといえる。

 都市封鎖になれば東京が最も大きな影響を受けるだけでなく,全国民に多大な影響をもたらす。政府は現在のコロナ禍対策に60兆円出すと言う。この金額は,かつて膨大な財政支出といわれた首都機能移転の10年間に3兆円弱,1年では0.3兆円の実に20倍強もある。財政的に首都機能移転は決して夢物語ではない。完全に安全な場所はないため,東京と同時被災せず,幹線交通がストップしても交流可能な東京から100km前後の内陸での首都機能都市建設が求められる。緊密な補完関係をもつ新都市と東京の存在が,あらゆる側面で国の危機対応能力を増進することになる。コロナ禍で危機に瀕した今こそ,首都機能移転と中枢機能の地方分散で,多極ネットワーク型国土構造構築に舵を切り,進むべき時である。

 ソフト面からコロナ禍で将来に備えて懸念するのが,フリーランスの人々の疲弊である。フリーランスの人々は文化芸術やスポーツ,科学・技術開発や起業化,まちづくりなど,実に多彩なところで活動している。非常勤や個人的契約でいわば日銭生活をする人も多い。高学歴で能力は高くても定職に就かず,貧しい生活の中でイノベーションを起こすべく,将来を夢みて既成の組織や制度にとらわれず頑張るフリーランスは,新しい多極ネットワーク型国土構造の構築を支える有力な人材である。生活が保障されれば危機下でも新たな技術,事業,文化の芽を伸ばす可能性をもつ人々である。

 これらの人々が今,一方的に補償もなく仕事を切られ,冷たく扱われ,極度に疲弊している。仕事を失っても雇用契約のない学童のいないフリーランスは,政府の一日4,100円給付も得ることができない。政府の無利子無担保融資をいわれても,借金地獄に落ち込むだけの状態である。国はイノベーションを興すのは人材でそれを育成しなければという。しかし,今まさにそうした人材の多くが疲弊しきっているのに,目先の基準で選別して放置する。こうした人々から将来を担う技術や文化芸術,そして新事業創造の芽を摘むことは日本の将来に大きな禍根を残すことになろう。

 危機管理・安全保障に強い新たな国土構造・人材養成をハード,ソフトの両面から考え,コロナ禍後の世界を見据えた戦略的政策を構築・推進する必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1685.html)

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