世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1681
世界経済評論IMPACT No.1681

「コロナ危機」で世界経済はどうなるか

平川 均

(中国・浙江越秀外国語学院東方言語学院 教授)

2020.04.06

 14世紀中葉,ペスト(黒死病)の来襲を受けてヨーロッパの人々は死の恐怖におびえた。シルクロードを経由して中国からヨーロッパに運ばれたペスト菌は,ヨーロッパの人口の半分を死に追いやり,その後の世界史に多大な影響を与えた。イタリアの交易都市ヴェネツィアは1348年,第1波となったペストの来襲で人口の6割を失ったという。感染が広がると人々は一斉に街から逃げ出し,街には人影が消えた。恐怖から生まれた流言飛語で多くの異教徒,異民族などがスケープゴートとなって殺された(注1)。

 科学技術の発達した現代は中世とは違う。だが中国の武漢に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はとりわけ近隣の日本と韓国,ヨーロッパではイタリアを筆頭にほぼ全域を襲い,さらにアメリカ,全世界へと広がっている。この3月11日には,世界保健機関(WHO)によりCOVID-19の「世界的流行(パンデミック)」が宣言された。感染が広がる国々で次々と非常事態が宣言され,国境封鎖を含めて人の移動の制限・禁止の措置が採られ,街角や空港から人影が消えている。目に見えない恐怖からは,アジア人への差別の眼差しも生まれている。アメリカと中国の間では不信感や外交的な駆け引きからか,トランプ大統領は「中国ウイルス」と呼び,中国からはアメリカ軍の陰謀説さえ流された。新型コロナウイルス感染症危機(以後,コロナ危機)で伝えられる国内外のニュースを聴きながら,ペストに襲われた中世ヨーロッパ,そしてユーラシアで起こった恐怖の光景が2重写しになって現代に蘇る。

 ところで,ヨーロッパを襲ったペスト禍は,その後の世界史を変えた。人口の激減がヨーロッパの政治形態,社会構造に影響を与え,また「大航海時代」をお膳立てし,回り回ってイギリスの産業革命とヨーロッパ中心の世界の形成を導いたとさえみなされている。他方,習近平国家主席が2013年に打ち出した「一帯一路」構想は,ユーラシア大陸を陸と海で繋ぐ対外政策である。イタリアはその参加国である。コロナ危機は,14世紀のペストの波及とその構図が似ている。そう考えると,数世紀後の超長期を見通せるはずはもちろんないが,ほんの少し先の危機後の世界経済を考えてみたくなる。

 まず,コロナ危機が各国経済に与える影響はどのようなものか。移動の制限は人々の生活に直結する。小売業,観光業はもちろん製造業,国際貿易などの経済活動に大打撃を与える。その負の影響はリーマンショック後の世界金融危機を上回ると予想され,各国中央銀行と政府はこれまでにない流動性供給と財政出動に競って動いている。

 コロナ危機に最初に襲われた中国への影響は,極めて大きい。しかも,中国は「世界の工場」である。国内需要の落込みに加えて,輸出産業も大打撃を受ける。輸出市場も今後の縮小が予想される。それだけではない。トランプ大統領によって始められた米中貿易戦争による追加関税の負担がのしかかる。本年1月,貿易交渉で何とか「第1段階の合意」が成立したが,それもあまり助けにならない。合意で得たのは,中国製品の一部の追加関税率の引下げ(1200億ドル分が15%から7.5%)に過ぎない。今後の膨大な輸入の約束もある。

 その上,貿易交渉の中身は,アメリカの貿易赤字の削減からアメリカの安全保障問題,技術覇権問題に移っている。トランプ政権は既に中国への技術輸出の断絶に動き,アメリカ企業はもちろん在中国アメリカ企業,さらに世界の先端技術企業がファーウェイとの取引禁止を迫られている。いわゆる「デカプリング」政策,脱中国政策が推し進められている。

 日本も日系企業もチャイナ+1政策を推進している。そもそも日本の「チャイナ+1」政策は,2003年のSARS危機後に始まった。効率性を求めた生産基地の中国集中が生む脆弱性を,SARSが顕在化させたからである。コロナウイルス危機も同様の効果を持つ。外資系企業の海外移転が今後増えるに違いない。

 中国政府はこうした事態に対処しなければならない。とすれば,中国はコロナ危機によって経済の縮小,雇用・失業問題などに足をすくわれ,「一帯一路」は中断を余儀なくされるのだろうか。中国の技術開発は頓挫し,アメリカの技術覇権の継続を許すことになるのだろうか。 既によく知られているように,米中対立で今やその核心である5G通信技術では,ファーウェイが世界の先端を走っている。アメリカは執拗にイギリス,フランス,ドイツなどにファーウェイとの取引停止の圧力をかけてはいるが,今のところその戦略は成功していない。この2月,イギリスがファーウェイ製品の使用を認めると,トランプ大統領はイギリスのジョンソン首相との電話会談で激高したと伝えられる。インドは自国の安全保障に関わって「一帯一路」に神経を尖らせるが,そのインドさえもファーウェイ製品を排除していない。アフリカへの進出では中国が先進国の先を行っている。

 世界貿易機関(WTO)の世界貿易報告は,今世紀に入って世界の建設輸出で中国が圧倒的な伸びを示し,加えてデータに出ない小規模の通信インフラ関連輸出に注目している。「一帯一路」沿線各国への中国のインフラ投資は,規模的には縮小するだろう。しかし,今後より効率的な投資へと,換言すれば,従来の大規模なインフラ投資から小規模の選択的効率的なICTインフラ投資へと舵が切られるのではないか。そして,地域の連結性は強まる。中国は「債務の罠」として非難の強い貧困小国に対する巨額ローン問題でも,対応を進めている。

 こうした事実は,アメリカの想定とは異なるデカプリングが「一帯一路」を軸に展開されることにならないか(注2)。実際,「一帯一路」参加国への支援も強化されている。イタリアは医療崩壊でEU本部に助けを求めたが,その期待は裏切られている。「EUはイタリアを見捨てた」との批判さえも聞かれるという。だが中国は,3月中旬には第3弾となる数百人の医療チームをイタリアに派遣している(日経新聞,2020年3月23日)。

 中国の国内対策に眼を転じれば,自由主義世界からは初動段階での対応のミスや外出禁止,都市封鎖の強権的措置に注目が集まる。それはウイルス封じ込めへのプラス面よりも,むしろマイナス面への関心である。だが,コロナウイルス危機は情報通信技術(ICT)社会への加速化も促す。既にオンラインショッピング,キャッシュレス化でも中国は先進国の先を行く。教育面でもオンライン化が強力に推し進められているように見える。ICTの発達による雇用問題は,簡単には解決できるとは思われない。それにも拘らず,デジタル化は強力に推し進められるに違いない。大きな課題を抱えながら,経済と社会の構造改革にこの機が用いられるだろう。

 中国がコロナ危機を乗り越える可能性は高い。だとしても,中国一国が世界の覇者になると考えるのは行き過ぎだろう。中国は「一帯一路」沿線国への影響力を増すが,同時にそうした国々への配慮に今まで以上に努めねばならないだろう。インド,ASEAN,東欧,中東諸国,アフリカ諸国などは,中国との交渉で自国の余地を広げるのではないか。中国が権威主義的な覇権国家への道を歩まない保証はない。しかし,自由主義諸国からのイデオロギー的な圧力を跳ね返すためにも,「一帯一路」構想をいっそう慎重に進めるのではないか。多様性のある経済圏が生まれる可能性がある。結局,世界経済は,科学技術を中心に互いに競い合う2つの広域経済圏が,物理的な壁のない形で生まれることになるように思う。

 10~14世紀前半のシルクロードによって繋がったアフロユーラシア交易圏のように,将来的にアフロユーラシア経済圏形成の可能性は高まるのではないか。それは,アジア太平洋と大西洋を跨いだ既存の経済圏の時代から,ユーラシアにアフリカを加えた経済圏,アフロユーラシア経済圏の形成に向かう時代の始まりである。多くの課題が未解決のままに残されるにしても,そしてコロナ危機がその速度を一時的に落とすにしても,グローバル化する世界経済の流れは止まらない。14世紀のペストによってシルクロードが結んだ交易圏は途絶えた。だが,コロナ危機は逆にアフロユーラシア経済圏への流れを強めるように思われる。

[注]
  • (1)W. バーンスタイン(2019)『交易の世界史(上)』(鬼澤忍訳)ちくま学芸文庫,第6章。
  • (2)平川均(2019)「米中貿易戦争とデカプリング」『世界経済評論IMPACT』No.1371,5月27日。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1681.html)

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