世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1677
世界経済評論IMPACT No.1677

コロナウィルス対策でも露呈した委員会の現実:欧州連合の舞台裏③

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.03.30

社会保障・医療システム縮小を強要したEU支援策がパンデミック助長

 新型コロナウィルス感染急激な拡大につれてEU委員会の対応に批判が殺到している。イタリアなどが中国、ロシア、キューバなどの国々に支援を要請した。これではなんのためのEUかという意見が相次いでいる。さらに一歩進んで現在の多くの国の感染の危機的状況を招いた一因がEUにあるのではないかの意見が出始めた。WHOの3月26日付け数字で死者1万8千人を超えた世界のコロナウィルス感染による死者、その半数以上の1万人以上が欧州大陸で発生しているのである。

 この伝染の予想以上の拡大の原因を巡って欧州連合が批判の矢面に立たされている。ユーロ危機以降、ドイツの意向をとくに受け入れてこれまでの緊縮政策一点ばりの政策で支援対象国に対して病院閉鎖や医師や医療従事者の削減などによってイタリアやスペインの医療体制が弱体化してしまった。感染患者を収容、治療するインフラの未整備によるイタリアの惨状がそれを物語っている。

 委員長ウルシア・フォン・デライアンの3月13日に行った声明「最大の感染国イタリア向けに必要なことはなんでも行う用意がある」という言葉が空しく聞えてくるばかりである。EU委員会は財政規律のルールを一時的に停止し、GDPの3%以内の財政赤字規律も棚に上げてもいいとしたのであるが、イタリア政府はEUに対してそれ以上の救済策として「コロナ債」発行によるユーロ加盟国の債務を相互扶助する債券、いわゆるユーロ共同債の決定と実行を訴えている。このアイディアは過去にも何度も打ち上げられては北部の欧州加盟国、とくにドイツの反対で実現してこなかった。さらにイタリアのコンテ首相は2012年10月に発足した欧州安定メカニズム(ESM)を動員して4100億ユーロの融資をこの先例のない危機に対処するために動員するよう要請した。ESMは欧州金融安定ファシリティ(EFSF)と同様に銀行支援や金融安定化など金融システムに限定され、さらにIMFと緊密協力が条件として求められるとし、イタリアの要請には寡黙のままである。医療衛生分野には所掌権限が及ばないという拒否の理由に対しては、これまで各国に公共サービス部門の民営化、節約の徹底、緊縮策の遵守を迫ってきた。金融支援対象国のEU加盟国のなかでは近年、病院の人員数千人を削減してEUの要請に応えてきたところであった。そこでしびれを切らせたイタリア政府は何と今やEU以外の国、中国、ベネズエラ、キューバ、ロシアに救済を仰いだのである。ロシアはロシアの軍事医療団と薬品を積んだ軍事輸送10航空機を派遣、チャカリフフスキ空港からローマ南西30㎞のプラチカ・ド・マレ空港に到着。キューバはエボラ熱でアフリカで活躍した医師と看護婦52人を派遣、また中国は多くの専門家とマスク、呼吸器、心電図検査機などを送っている。このようなこれまでの援助の流れと逆のような援助の混乱を象徴するのがマスク輸送地の間違いである。

 それは欧州連合レベルの協調行動の不在と処理能力のなさを象徴する。3月17日チェコ・プラハの北、ロボシツエ市の私企業の倉庫で見つかった中国から送付されてきた68万枚のマスクと呼吸器である。欧州連合委員会は各国が医療用マスクなどもすべてこれまで中国に委託生産を奨励してきた結果がこれであると批判。結局、事態が悪くなると国家に頼ることになると。これが今度の危機の教訓だ。ドイツはいち早く国境を閉鎖、医療品の輸出禁止に踏み切った。EUはなにも役に立たないという意見が拡がった。EU委員長がコロナウィルス感染予防のために消毒として手洗い作法のビデオを見せるだけだ。欧州危機管理委員となったスロベニア出身のヤネス・レナルチッチが中心になって医療保健委員キリアキデス、域内務担当ヨハンソン、輸送担当ヴァリーン、経済担当ジェンチローニ委員、の5人コミッショナー・タスクフォームチームを結成したが委員会における委員間同士の連帯共同活動は遅きに達した感が否めない。


内部で十分な議論ができなくなってしまった委員会

 このような最近のコロナウィルス騒動の混乱に拍車をかけているのが、現地からの報道によるとEU閣僚理事会を支える3500人の職員が全員自宅待機であることに加えて、3万3000人を抱えるEU委員会職員の内4000人だけが勤務でほかのすべての職員は自宅のテレワーク勤務となって委員会の会合の手伝をできないでいることである。このところテレワークとビデオ会議が大流行である。しかしイタリアのコンテ首相が提起した救済策の「コロナ債」発行案も、ビデオ会議や対人距離にある閣僚理事会や委員会では十分な議論ができず、ユーロ債発行に従来から非常に警戒感を隠さないドイツやオランダを説得するには程遠かったのである。従来2~3日かけていた会議をたった5~6時間のビデオ会議ではまとめられなかった。もう一つの問題点はこのビデオ会議ではどうしても委員が慎重な発言になりがちになった。しかも誰でもこの会議の録音が可能で情報セキュリティに不安が発生した。過去にはこれらのEUでの会議で情報スパイや盗聴も発覚したことは知られている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1677.html)

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