世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1671
世界経済評論IMPACT No.1671

海外事業のノウハウを蓄積するシステムの構築

小林 元

(元文京学院大学 客員教授)

2020.03.30

 1960年代に始まった日本企業の本格的な海外事業は海外事業部を設けそれが各種事業の海外プロジェクトを一括して管理し少しずつ海外事業運営のノウハウを蓄積してきた。

 ところが70年代後半に入るとほとんどの会社が事業本部制を採用するようになり,海外プロジェクトは各事業本部に分散管理されるようになった。事業本部の幹部の最大の関心事は国内の生産体制を基盤とした売り上げと利益の最大化であり,国内派の幹部が統括した。彼等のなかには海外でモノを販売したことがある者もいたが,現地に根を据えた事業経験のない人たちであった。海外出向者は一般に3年間の任期で現地へ派遣され,彼等に与えられた任務は日本で開発された製品の製造販売の知見を現地へ移転し,与えられた生産販売の目標を達成することであり,そのための本社との「ほうれんそう——報告,連絡,相談」に注力した。彼等にとっては,進出先の国がどのような社会的問題を抱え,それをどのように解決しようとしているのかを理解し,それがこの事業の将来にいかなる影響を及ぼすのか,現地人の社会に入って行ってその土地の言葉で話し合い,現地社会を動かしている有力者の仲間にはいることなどは(ごく少数の例外を除いて)彼等の関心事ではなかった。海外でも典型的な本社中心志向の会社人間のままで,このようにして業績を上げた人間が本社に戻って立身出世していった。進出した事業を現地に本当に根のはったものとし長期にわたって繁栄させるには進出した現地社会に深く根を張ったアプロ―チが不可欠であることは欧米のビジネス界では常識となっている。日本でもこのようなアプローチは上に述べた初期の海外事業部の生き残りの連中(筆者もその中の一人と自負しているが)などによって多少は維持されてきたが,主流にはなっていない。出向者が取得した海外事業の地域ノウハウが次に続く者に継承されていない。知見の蓄積がなされていないのである。

 1990年代から2000年代に入り日本で生産していたものの海外への事業移転が不可避になり,今や日本の企業の売り上げと利益の過半数が海外事業に依存するようになっている。日本企業は事業の拡充あるいは新規事業進出事業の手っ取り早い手法として大規模なM&Aを近年ひんぱんにおこなっているが,その大多数は失敗といわれ数千憶円単位の金が次々と失われていっている。

 理由は明白である。買収した数千人,数万人という現地人,特に現地経営幹部を従来の日本的人事管理と働き方のシステムでは使いこなすことが出来ないからである。彼等現地のエリート達には,会社の理念,経営戦略,具体的ビジネスの進め方(職務)について論理的に説明し,具体的報酬とキャリアパスを一人ひとり明確に示して納得をさせねばならない。納得しなければ彼らは持っていたノウハウとともに簡単に会社をさってしまう。

 経営者は買収した会社をいわゆる日本的人的管理の延長線上で管理できると甘く考えていたのではないか。海外ではどこでもそうだが,社会ははっきりと階級により分離されており,会社の経営者及び管理者層にとって一番だいじなのは自己実現であり,会社はそのための場にすぎないと考えている人たちである。こうした海外の実情は海外事業に携わり苦汁をなめた人間にはわかりきったことだが,不幸にも国内派の経営者達は先人が苦労の末知りえた海外事業のノウハウに聞く耳を持たなかったのだと思う。

 日本の経営者は日本的雇用慣行(終身雇用,年功序列)を世界では常識になっているJOB型(職務給)雇用に早急に改め海外のエリ―ト層を使いこなす人材を我々の中に育てないと国際競争に勝ち抜い抜いてゆくことはできないことを今やはっきり悟るべきである。

 私が提案したいのは,現地に派遣する主幹者には,進出した現地に深く入り込むことも重要な任務であるとし,最大限現地のエリート層を現地会社に登用し,彼らの知見を経営に生かすようにすることである。これをうまく成し遂げるため,現地への適応能力があると認めた者の滞在を10年程度まで長期化し,帰国したらその地域の高度経営ノウハウ保持者として,本社の国際本部にて顧問として厚遇するようにしたらどうか。彼らが退職後その地域に関するコンサルタントとして事務所を開き,社外の企業にもアドバイスしてゆくようになれば欧米並みに彼らのノウハウは「国としての知の共有財産」になる。海外事業運営のノウハウを国として蓄積するシステムを構築する時が来たと筆者は考える。実は筆者はイタリアで14年間滞在し現地で「イタリア中堅企業NO1」と評価されている企業を育てあげ,その事業経験をもとに上に提案したことを,小さな一歩ではあるが,すでに実現してきたと自負している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1671.html)

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