世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1629
世界経済評論IMPACT No.1629

トランプの対中戦略の限界:「身から出た錆」

馬田啓一

(杏林大学 名誉教授)

2020.02.17

 トランプ政権が仕掛けた米中貿易戦争は,部分合意により一時休戦となった。だが,米中対立の根は深く,「終戦」に向かう道筋は全く見えない。世界経済の先行きも不透明感が増している。

 二国間主義に固執するトランプ政権の打算と誤算に揺らぐ対中戦略に,どのような戦略的な意義を見出すことができるのか。米国の対中強硬策は,中国製品に対する制裁関税にとどまらず,中国企業を標的にした対米投資規制や輸出管理の強化にまで拡大し,米中のデカップリング(分断)が進む可能性が高い。

 米中貿易戦争の影響はグローバル・サプライチェーンの分断を通じて,米中両国だけでなく,米中以外の国々にも及んでおり,もはや「対岸の火事」では済まされない状況だ。米中の対立が招いた「とばっちりの構図」への不安と懸念が広がっている。トランプ政権の対中戦略は,根本的にどこが間違っているのか。

トランプの打算と誤算

 「タリフマン」を自認するトランプ大統領は18年7月,米通商法301条(不公正貿易の制裁条項)にもとづき中国の知的財産権侵害への制裁として追加関税を発動した。だが,中国の習近平国家主席も報復措置で応じたため報復合戦になり,第4弾の発動までエスカレートするなど,米中貿易戦争は危険なチキンレースに突入した。

 紛争解決が難しくなったのは,トランプ政権が途中から「ゴールポスト」を動かしたからだ。米中貿易戦争の焦点は,貿易不均衡の是正から「中国製造2025」潰しに変わり,米中によるハイテク分野の覇権争いの様相を呈している。トランプ政権は,中国の根幹に関わる国家資本主義(国有企業や補助金の温床)を批判し,中国に構造改革を要求している。中国はこれに猛反発,米中貿易戦争の長期化は避けられず,世界経済の下振れリスクも高まっている。

 18年12月に開始された米中貿易協議は,当初,楽観ムードが漂い合意も間近と思われた。だが,19年5月,中国が「中国の原則に関わる問題」(=国家資本主義の変革)に踏み込み過ぎだとして,土壇場で合意文書案を破棄したため,貿易協議は決裂した。その後G20大阪サミットをきっかけに米中の貿易協議が再開され,10月にすぐさま暫定合意にこぎ着け,20年1月,「第1段階の合意」に正式署名した。

 今回の合意は,知的財産権,技術移転,貿易拡大など7項目からなる。合意しやすい分野に絞った政治的な妥協の産物にすぎない。米農産品の対中輸出が中国の報復関税で大幅に減少,11月の大統領選挙に向けたトランプ大統領の再選シナリオに狂いが生じかねず,支持基盤である米中西部をテコ入れする必要があった。そのため,トランプ政権は農産物輸出の大幅増加を最優先し,中国の国家資本主義の根幹に関わる構造問題は棚上げにした。

 一方,中国も国内経済への深刻な打撃を回避するために譲歩に踏み切った。要するに,中国が米国から大量の農産品を購入する代わりに,米国が中国製品への追加関税の一部を引き下げるというのが合意のミソである。ただし,中国が合意内容の通りに達成できるかどうかは怪しい。

対中戦略のジレンマ:孤立

 米中貿易戦争の潮目が変わろうとしている。トランプ政権は第2段階の交渉で中国に国家資本主義の見直しを強く迫るつもりだが,中国はそれに応じる考えは全くない。持久戦に持ち込もうとする習近平政権に対して,二国間主義にもとづく米国の対中戦略の限界も露呈し始めている。

 このまま米単独で対中強硬策をとり続ければ,米国だけが矢面に立つことになる。トランプ政権が関税の発動を乱用すれば,再び米中の報復合戦にエスカレートし,米国も深手を負う結果となるだろう。

 トランプ政権は二国間主義に溺れず,日本やEUとも連携して「マルチの対中包囲網」の構築も目指すべきだった。だが,今となっては「後の祭り」である。

 第2段階の合意が実現しても,トランプ政権が中国に対する技術管理の強化を緩める可能性は低い。安全保障と経済が絡んだ米中デカップリングの動きが一段と強まりそうだ。デカップリングの先に何が見えるのか。

 トランプ政権は安全保障上の懸念から,同盟国に対して携帯電話の次世代通信規格「5G」関連分野で華為技術(ファーウェイ)の製品を導入しないように呼びかけている。しかし,EUの欧州委員会は20年1月,5Gに関する勧告を公表したが,ファーウェイの完全排除は求めていない。結局,エリクソン(スウェーデン)やノキア(フィンランド)に比べ割安であるからだ。

 また,英国もファーウェイの製品を一部導入する方針を打ち出すなど,欧州では容認する動きが広がる可能性が出ており,同盟国内部に足並みの乱れが生じている。

 米国はASEANにも圧力をかけているが,米国の要請に応じることなく無視している国が多い。「赤信号もみんなで渡れば怖くない」のか,欧州の動きを見ながら,ASEANでもファーウェイの製品を導入する動きが見られるなど,トランプ政権によるファーウェイ排除は敗色が濃い。

 米中デカップリング(分断)の導入によって,トランプ政権は深刻なジレンマに陥ろうとしている。将棋のように何手も先を読む力がトランプ政権には欠けていた。すべて「身から出た錆」である。

 なりふり構わずエゴむき出しになり,敵と味方の見境もなく銃を乱射するように,鉄鋼・アルミにとどまらず,自動車などにも米通商拡大法232条(安全保障条項)による関税を発動すれば,トランプ政権はきっとその代償の大きさを思い知るだろう。左手で思いっきり相手の頬を殴っておきながら,右手で握手を求めても,誰も応じてはくれない。身勝手すぎるからだ。

 米国の対中戦略は曲がり角にきている。関税による「脅しとディール」もやり過ぎれば,米国は世界の中でますます孤立する。同盟国に対する無理筋の関税発動は,米国の覇権を大きく傷つけるだろう。「アメリカ・ファースト」を追求した挙句,「アメリカ・アローン」(独りぼっち)に陥るとは,皮肉な話だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1629.html)

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