世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1582
世界経済評論IMPACT No.1582

ブロックチェーンと次世代エネルギーシステム:エストニアとオーストリアで見聞したこと

橘川武郎

(東京理科大学大学院経営学研究科 教授)

2019.12.23

 2019年の3月と9月に,エストニアのタリンとオーストリアのウィーンを,それぞれ訪ねる機会があった。目的は,エネルギーシステムのあり方を根本的に変える可能性があるブロックチェーンが,どの程度社会に実装されているかを確認することにあった。

 「分散型台帳」とも呼ばれるブロックチェーンは,複数のコンピュータをつないで分散型ネットワークを形成し,暗号技術と組み合わせて取引情報などを記録する仕組みで,一定期間の取引データをブロックごとにまとめ,それを鎖(チェーン)のようにつないで蓄積することから,この名称がついた。ブロックチェーンの特徴は,①透明性,②分散性,③堅牢性(いったん記録された取引をコピーしたり偽造したりすることはできない)にあり,これらの特徴によって,取引における信用が担保される。

 現在のエネルギー取引は,電力会社やガス会社のようなユーティリティ企業が需要家に電気やガスを一手に供給する集中型のB to C(ビジネス・トゥ・コンシューマー)の形をとっているが,ブロックチェーンが社会的に浸透すると,その姿が大きく変わる可能がある。分散型電源の普及とあいまって,不特定多数の供給者と不特定多数の需要家が直接取引するP to P(ピア・トゥ・ピア)の時代が,やがて到来するかもしれない。そうなったとしても,発電,送配電,ガス貯蔵,ガス導管等は必要不可欠であるから,従来のユーティリティ企業にもはたすべき役割は残る。ただし,その役割は,全体としてみれば,大きく後退することになる。

 ブロックチェーンの利用で世界の先頭に立つエストニアでは,タリン大学のインキュベーションセンターでスタートアップ企業が入居しているMektory,ブロックチェーン関連ビジネスをエストニアで始めることをめざす外国企業向けにコンサルティング業務を行うOne Office社,決済一元化に必要なデジタル技術を有するCybernetica社で,それぞれヒアリングを行った。また,e-Estonia Showroomでは,エストニアにおけるブロックチェーン利用全般について,説明を受けた。すでにエストニアでは,結婚と離婚および不動産取引を除いて,すべての社会的手続きが手元のスマートフォンを通じて行われている。例えば電気の購入先についても,需要家が,スマートフォン上に掲載される料金等の取引条件を参照しながら,随時,選択を重ねていると聞いた。これらの取引に安心して参加できるのは,ブロックチェーン技術が下支えしているからにほかならない。

 オーストリアでは,ウィーン市のシュタットベルゲの傘下でエネルギー供給に携わるウィーン・エナジーで,ブロックチェーンの開発に関するプレゼンテーションを受けた。あわせて,ブロックにデータを記録する装置を開発しているベンチャー企業のお話しもうかがった。また,ウィーン・エナジーがボッシュ社と共同で実証試験を行っているブロックチェーンと連動する冷蔵庫も見せていただいた。オーストリアを代表する「従来型のユーティリティ企業」であるウィーン・エナジーが,「将来への備え」として,ブロックチェーンへの取組みを開始している点が,きわめて興味深かった。

 ブロックチェーンのインパクトは大きい。日本の電力会社も,それへの取組みを本格化すべきだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1582.html)

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