世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1563
世界経済評論IMPACT No.1563

財政破産の生け贄にされたジョン・ローの悲劇

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2019.12.09

 スコットランド人,ジョン・ロー(Jhon Law:1671−1729年)をご存知か。恋人をめぐる決闘で殺人犯となったが脱獄して逃亡,天才的な職業的ギャンブラーとなり大金を稼ぎながら諸国を遍歴し,各国の金融制度を見聞,フランスにわたってからはフランス国営貿易会社総裁,フランス王立銀行総裁そして財務大臣になるという波乱の人生を送り,最後には,フランスを破滅に追いやった,と酷評された人物である。

 ところがローは,堅実な銀行家だった。フランスに,銀行券の価値を安定させた発券銀行を設立して大成功をおさめた。これは,当時の国際金融都市アムステルダムの銀行が,金銀の重量で銀行券を交換し,国王の悪鋳から銀行券を守った経営に学んだのである。

 しかし時期が悪かった。たび重なる侵略戦争とヴェルサイユ宮殿の建築などで大散財したルイ14世が,1715年に莫大な借金(政府債務)を残して亡くなったのである。太陽王と称賛されたが,実のところ借金王だった。累積政府債務残高は34〜35億リーブルだったという。当時の国家予算規模が2億リーブル前後だったので,その17年分に当たる巨額なものだった。日本の公的累積債務総額は1000兆円,予算規模が100兆円ほどだから,国家予算の10年分に当たりこれもすごいが,それをはるかに上回る大借金だった。

 後を継いで摂政となったオルレアン公は,この未曾有の財政危機に対処するため,手の込んだ計略を考え出した。1719年に,ローに設立させた西方会社を国営の貿易会社「インド会社」に改組し(ローは総裁),そこから16億リーブル(予算の8倍)もの巨額の政府貸上げを捻出させた。日本の財政規模でみれば,800兆円となるすさまじい大金である。オルレアン公は,この資金を使って国債の買い(償還)をすすめ,国家債務を減らした。

 これに先立つ1718年には,ローの銀行を王立銀行に改組し(ローは総裁),金銀と交換できる兌換銀行券(王立銀行券)の発行権限を手に入れた。そしてこの王立銀行券を大量に印刷し,それをふんだんに貸付けてインド会社の株式を購入させ,バブルを煽った。株価は空前の騰貴ブームをみせ,それを買えばすぐ高値で売れ,一夜にして大もうけできるので,フランス中がバブルに熱狂した。インド会社は次から次へと増資(新株発行)をして,やすやすと資金調達できた。その資金は政府への巨額の貸上げを補填するものだった。

 こうして,インド会社を経由した国家債務償還の金融操作が大成功した,かにみえた。

 しかしこの計略は,誰もが安心して使えるという貨幣の公共財としての役割(貨幣価値の安定)を損ねて成り立っていたものだった。自己資本(金銀)を超えて大量に銀行券を発行する王立銀行の財務の不健全性が明らかになるにつれて,金銀との交換の不安から王立銀行券に対する信頼がなくなり始めた。王立銀行券は,次第に,表示金額通りに受け取ってもらえなくなった(貨幣減価)。割引きされた分は物価に上乗せされ,貨幣減価が引きおこす全般的物価上昇であるインフレーションを発生させた。これに乗じて貴族や土地所有者,富裕層は日用品を買い占めて大もうけし,これがさらに物価上昇を押し上げた。王立銀行券は,1721年には,表示金額の7〜8%しか値打ちがない「紙くず」と化してしまった。まさに,「100万リーブルをポケットに持っていても餓死するかもしれない事態」が発生したのである。「夫は首を吊り,妻と3人の子どもは絞め殺されていた。部屋の中には6スーの銅貨と20万リーブルの銀行券があった」と当時の週刊誌が報じた。王立銀行の窓口に群衆が押しかけ,動乱も起きた。ローは身の危険を感じて海外逃亡し,失意の内に亡くなった。重税と借金を重ねる封建支配層の政治・経済支配はまだ続き,怒った民衆は1789年のフランス革命でそれを一掃した。

 ローに対して,「ヘリコプターマネーの元祖」とか「管理通貨の先駆者」(シュムペーター)と持ち上げる声がある一方,「詐欺師・山師」(マルクス)との批判もある。しかし巨悪は,ローを利用して,政府借金のツケをなんの責任もない庶民に回した政府(オルレアン公)だった。これ以降,歴史は,財政破産を貨幣破産でとりつくろう悪弊を何度も,性懲りもなく,さらに大規模に(ハイパーインフレーション),繰り返すことになる。公共財は収奪されやすい。人間は学ばないのだ。(紀国正典「ジョン・ローの国家破産・金融破産論」高知大学経済学会『高知論叢』第115号,2018年10月より。金融の公共性研究所のサイトよりダウンロードできる)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1563.html)

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