世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1494
世界経済評論IMPACT No.1494

タイ・ラオス北部にみる中国経済の浸潤:現地出張から

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2019.09.30

 前稿(No.1392,2019.06.24)ではミャンマー北東部における中国のプレゼンス浸透について報告した。今回はこの8月,タイ北部のチェンマイ,チェンライ県およびラオス北部のボケオ県,ルアンナムタ県そしてルアンパバン,ビエンチャンへと陸走視察したなかから報告する。

 まずはチェンマイにおける中国人観光客の急増について。6年前にチェンマイの街を歩いたときと比べ,レストラン,マッサージ屋,薬屋,レンタルバイク屋などに中国語表記の看板が急増している。チェンマイといえば気候が穏やかで日本人引退者にとって日本の寒い季節を脱出する「シーズンステイ」先として人気があるが,彼らが外国人滞在者として主流だった市街北西部のニマンへミン通りの界隈が,今では中国人観光客が押し寄せる新興繁華街に変身している。2012年に中国で大ヒットした“Lost in Thailand”という映画でのなかで,チェンマイを舞台にしたシーンが多く撮影され,若い中国人観光客がチェンマイに押しかけるようになったのだという。今回目撃した大規模なショッピング施設群や土産物店舗の集積は,彼らの「爆買い現象」を反映している。中国語表記の店舗では「退税」(税の払い戻し)といったアピールをしている。現地日本人引退者のクラブで聞いたところでは,中国人観光客急増のあおりで,飲食代を含めた日常生活の物価が上がり,年金ベースの彼らの生活は割を食っているという。

 次に,チェンライ県のゴールデントライアングル(ソップアック村地点)の対岸にあるラオス・ボケオ県の「金三角経済特区」について。チェンライ県にはメーサイ,チェンセン,チェンコンの3ヵ所の国際国境があるが,それらに加え,2013年ごろからここに新国際国境が開いており,ボートに乗って約5分で対岸の経済特区に渡ることができる。チェンマイやチェンライへ観光に来る中国人の団体客がこちらにも押しかけて,出入国管理ビルが混雑している。そこは,ラオス政府から3000haという広大な土地の長期開発権を得て,マカウのカジノビジネスで成功したといわれる人物が経営する中国企業が2011年から経済特区を建設中である。6年前にここを視察した時は,Kings Romansというカジノ以外に見るべきものはほとんどなかったが,今回はその周辺の変貌ぶりに驚いた。カジノのすぐ裏に20階建てほどの金ピカの派手なホテルが建設中であり,さらにその裏には「唐人街」のアーチをもつチャイナタウン(ショッピング街)が建設完了している。カジノを中心に約2km圏内には商業や建設関係と思われる中国人が数万人単位で生活圏を築き,中国の都市部で見かけるのと同じアパートが林立している。カジノから南方へ伸びるメインストリート沿いには高層コンドミニアムが続々建設中だ。カジノから1kmほどのメコン河岸に「木棉島」と名付けられたショッピング街がある。メコン川の中州になっていた場所を埋め立てたもので,前回は未舗装の土産物屋が数件しかなかったが,今はきれいに舗装され,ファッションブランド店の入る真新しいビルまでできている。静かなラオスの農村部が大改造され,ラオス地元民にはほとんど無縁のチャイナシティと化している。

 次はラオス北端の中国雲南省との国境町ボーテンの変容ぶりについて。ここは「雲南海誠実業集団」という中国企業が,ラオス政府から99年の開発権を得て,1640haの土地に「老挝(ラオス)磨丁経済特区」を開発中である。同社展示ルームの情報では,国際居住区,国際商業金融中心,国際教育産業中心,国際医療産業園区,国際保税物流加工園区,麿丁火車駅総合区といったゾーニングが計画されている(営業スタッフは英語もラオ語も通じないのでSiriでの会話となった)。国際商業金融中心はほぼ完成しており,その周囲の山々を削り,3km四方もあろうかと思われる盆地平野を人工的に作り出そうとしている。7年前にここを訪れたときは,2010年に起きたカジノ犯罪事件をきっかけに,中国政府がビザ発給の厳格化をラオス政府に要求したため,訪問客が激減し,カジノホテルが破綻し,2011年以降,ボーテンはゴーストタウンと化した。その後,脱カジノによる総合開発を行う特定経済特区として再生するという話だった。前回の印象ではここまでの変化はとても想像できなかったが,2016年に雲南省の昆明からこの国境を経てビエンチャンへ至る高速鉄道の工事が開始したのを契機に,この町には巨額の中国資本が投下され,町の原型をとどめないほど改造中で,周囲の風景は緑色から赤土色に塗り替わっている。

 その高速鉄道(旅客列車は時速160~200キロの予定)は国境前後を9.6kmのトンネルで貫通することになっており両端から掘削工事が進んでいる。今回の視察でボーテン側の入り口を見た。ところが,このトンネルはほんの序の口で,ボーテンからビエンチャンまで全線417kmのうち,普通に地上を走る区間は38%しかなく,残りは167ヵ所の高架橋と75ヵ所のトンネルから成り,橋梁とトンネルの合計距離はそれぞれ61kmと198kmに及ぶ。世界遺産都市ルアンパバンの郊外約12km地点ではメコン川を渡す鉄橋が完成したばかりだ。今回は5日間かけてラオスを縦断する国道13号北線を走破する間に,あちこちに無数の高架橋脚,トンネル工事,線路敷設用の整地といった現場を目撃した。建設作業は,路線区間,橋梁部分,トンネル部分などそれぞれの分野に応じ,元請けが「中鉄二局」「中鉄五局」,「中国国際鉄道建設」,「中鉄八局」,「中国電力建設」など中国国営企業のそろい踏みといったところである。2021年末までに全線の完工を目指している。

 また,ビエンチャン~バンヴィエン(ビエンチャンから北へ約160kmの観光町)間は,「雲南建設」よって高速道路も建設中だ。最終的にはボーテンまで伸ばす計画である。さらには,ラオス北部でメコン川に合流するウー川には中国資本の入ったSino Hydro社が建設済み・建設中の水力発電ダムが7ヵ所ある。

 国道13号線の沿線は,これら高速鉄道,高速道路,ダムの工事に関係する建設資材工場,セメント工場,工事事務所,簡易宿泊施設,工事車両,さらには労災者用救急病院など「オール中国」という状況だ。あちこちの工事現場には「一帯一路で中国とラオスが共に新時代を築く」といった趣旨のプロパガンダ横断幕を見る。

 前回このルートを視察したときからのあまりの変化にため息をつくばかりだった。経済大国の国家級プロジェクトの力業が隣の小国の国土を大改造する現場は強烈だ。資本・労働・土地の賦存がこれほどまでに非対称な2つの経済において,国境を開くということが何を意味するのか,いまだに消化不良状態である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1494.html)

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