世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ポピュリズム・権威主義と民度
(静岡県立大学 名誉教授)
2019.09.09
ウソつきは嫌いだ,信用ならない。個人的なつきあいだろうが,大統領だろうが総理大臣だろうが,ウソつきは嫌いだ。ドナルドおじさんが「フェイクニュース」と怒りを露わにしたら,それは「痛いところを突かれた」ということだろう。彼はイエスマン大好きで支持者ばかりの集会で喝采を浴びているうちに自分が万能の神のごとき人間だと思いこんでしまったのかも知れない。だから去年9月の国連総会の演説でみんなに冷笑されると戸惑ってしまう。グローバリゼーションの考え方も拒否するとまで言った。外国貿易も直接投資もやめればいい。国債も外国に売らなければいい。扇動は危険だ。
権威主義体制の国がはびこっても困るし,ポピュリズムがはびこっても困る。どうしたら自由で民主的な社会が持続的に繁栄できるか。政治家に騙されないためにはどうすればいいか。簡単ではない。
昨今,訳の分からないことが多い。例えば,イラン核合意。ドナルドおじさん,去年5月,「最悪の合意」だとかなんとか訳の分からない理由でイラン核合意から一方的に離脱した。離脱したにも拘わらず,イランが核合意の上限を超えてウラン濃縮度を引き上げると,「合意違反だ」と文句を言う。
日本も「悪ガキの仕返し」の如く韓国に対する半導体原料の輸出管理を強化した。輸出管理の強化に多くの日本人が賛成していると報道されている。信頼関係が失われたから輸出管理を強化するのだという。それにも拘わらず日本政府は「日韓軍事情報包括保護協定」は維持したいと言っていた。信頼関係がない国と「軍事情報」を共有したいという理屈が分からない。
原子力発電についても,政府はその割合は低下させるにしても維持するという。小泉元首相も,総理の時代は原子力発電推進派だったのに今では,「核のゴミ」問題に気付いたと言って,原子力発電否定論者だ。首相の周りに「識者」はいないのだろうか。田辺聖子は,1980年代前半に書いた「原発についてのソボクな疑問」というエッセー(『死なないで』所収)で,すでに「核のゴミ」について警鐘を鳴らしている。
小学生から英語の勉強を始めようという声が大きい。ターザン・イングリッシュの筆者が言うのもなんだが,英語を喋ることよりも話す中身が大切なんじゃないだろうか。それにはどうすればいいのだろうか。魔法のような処方箋はない。子供・若者に対する地道な教育を充実させるしかない。それは英語を喋ることでもなくコンピュータ・プログラミングでもなく,本を読んで自分の頭で考える習慣を付けることだ。
週末の朝,10時少し前,青梅街道を新宿の方へ車で走っていた。すると,歩道に若い人たちの長蛇の列。ゆっくり走ってよく見ると,どうもパチンコ屋に並んでいるらしい。他にやることがないのだろうか。パチンコがいけないと言っているわけではない。筆者も高校生の頃,仲間と学校の帰りにお茶の水でよくパチンコをやっていた。パチンコ以外にも,もっと面白いことがあることを知るチャンスを作らなかった大人,社会が悪い。
電車に乗ると,8人中5,6人はスマートホンを眺めている。彼ら彼女らは,メールの返事を書いているか,一心不乱にゲームに熱中。本を読んでいる人は10人中一人か二人だ。ゲームがいけないと言うのではない。本を読むという習慣を若いうちに身につける教育が要るのではないか。
大人になるまでに,本を読むことのおもしろさを体感させる教育が必要だろう。なにも難しい本でなくていい。小説でもノンフィクションでも歴史の本でも何でもいい。自慢できる話ではないが,筆者もいっぱい仕事が遅れているのに,つい寝っ転がって時代小説なんか読んでしまう。
何年か前,日米防衛相会談の際,当時のマティス国防長官が小野寺防衛大臣にマルクス・アウレリウスの『自省録』をくれたことが報道されていた。そのことを来日したトランプ大統領に小野寺大臣が夕食会のときに話したところ,ドナルド大統領,「彼は難しそうな本を読んでいるんだよな」とジョークで返したと言われる。本はおろか数頁の資料も読まないドナルドおじさんにとって『自省録』は睡眠薬以外の何者でもないだろう。
最近マティスの近著(Jim Mattis and Bing West, Call Sign Chaos: Learning to Lead)の紹介記事を読んだ(“Jim Mattis’s reading list offers a jarring contrast to Trump’ s lack of intellectual curiosity, ” Washington Post, Sept. 4)。トランプタワーにあるドナルドおじさんのオフィスには本棚がないという。本に書いてあることなど,常識とビジネスの経験で読まなくても分かると豪語しているらしい。こんな人がアメリカ大統領,恐ろしいことだ。
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