世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1440

常態化したベルギーの政治空白:新政権樹立に向けた連立交渉は今回も難航

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター  ブラッセル事務所長)

2019.08.05

 5月26日,ベルギーで議会選挙(下院選挙)が実施された。選挙方式は比例代表制で,議員の任期は4年である。今次選挙では,右派政党・新フランダース同盟(N−VA)が定数150のうち25議席と最大多数を確保したものの,選挙前から議席数を減らした。一方,極右政党のフラームス・ベラング(VB)と極左政党の労働党は,それぞれ大きく伸長した。

 この結果,議会の細分化が進み,多数政党による連立が不可避となった。もっとも,北部のフランダース地方で右派勢力,南部のワロン地方で左派勢力がそれぞれ支持を高めた中,双方の代表的政党は互いに歩み寄る姿勢を見せておらず,新政権の発足に向けた組閣交渉は難航している。選挙から既に2か月以上経つにもかかわらず,実現可能な連立与党の組み合わせを想像することさえ覚束ない。

 ドイツやオランダでの最近の事例もあるように,欧州諸国において組閣に数か月単位の時間を要することは珍しくなくなった。しかし,ベルギーの場合は,構造的に政党間の調整が極めて難しいため,政治空白が久しく常態化している。09年の前々回の選挙後は組閣までに541日,14年の前回の選挙後も139日を要した。特に,前々回の政治空白は今日でも世界最長記録である。これ以前も,100日を超える無政府状態が70年代以降度々生じている。

 今回は,選挙に先立つ18年12月から正当な政府を欠く状態が始まった。発端は,ミシェル前首相が国連の移民憲章に署名したことである。同憲章は法的拘束力を持たないものの,移民の受け入れに消極的な最大与党のN-VAは,これを不服として,政権を離脱した。連立与党に残った3党の合計議席が過半数を割り込み,議会で内閣不信任案が可決されたため,ミシェル氏は国王に辞意を申し出た。国王は,これを受理しつつ,議会選挙まで職務執行内閣(caretaker cabinet)を率いるよう同氏に指示した。

 ベルギーは,ブラッセル首都圏のほか,北部のフランダース地方と南部のワロン地方から構成される連邦国家である。北部と南部の間には言語の相違や経済的な格差が大きい。フランダース地方はオランダ語(厳密にはフラマン語)が主流であり経済が良好である一方,ワロン地方は,東部にドイツ語圏があるものの,フランス語が主流であり経済は相対的に停滞している。両地方には,それぞれ連邦国家からの分離独立を主張する極右政党が存在し,特にフランダース地方では近年若年男性を中心にVBが支持を高めている。一方,ワロン地方では,仏語系社会党(PS)を筆頭に左派勢力が優勢である。

 国内には,中央政府に加えて,地域的な区分と言語的な区分に基づく6つの政府がある。第二次世界大戦以降激化した地方分権への要求を受けた第六次憲法改革により,94年に単一制国家から連邦制の立憲君主国家へ移行したとはいっても,言語,経済格差等を巡る複雑な地域的対立構造が残っている。このため,全国的な政党は今日存在せず,民意(選挙結果)を反映しつつ機能的な内閣を作ることは極めて難しい。社会の分断が顕著で合意形成が難しいというのは,ベルギーの宿痾であるが,現在のEUの縮図と捉えることもできる。

 王国であるベルギーでは,議院内閣制を取りつつ,国王が実質的な政治権限を有する。今次選挙の後,フィリップ現国王は,各政党の意向をつぶさに把握するべく,情報収集担当者(informateur)を2名選定した。国王は,両者から既に4度状況報告を受けたものの,まだ組閣の方向性が見通せないとの判断から,9月上旬まで調査を継続するよう命じている。

 今次選挙で伝統的な中道系政党の凋落が明らかになったという点は,同日に実施された欧州議会選挙と同様である。ベルギーの場合,豊かな北部で南部からの分離独立を訴える右派に票が集まり,相対的に貧しい南部で北部の財政移転や連帯を求める左派に票が集まったため,国の分断が一層深まっている。前連立政権の構成政党全てが議席を減らしたこともあり,新政権の構成は大きく入れ替わる可能性がある。

 N-VAとPSによる連立は,選挙結果を最も直接的に反映した選択である。両者が組むことにより,議席数の3割を確保することができる。もっとも,N-VAとPSとでは政策に大きな隔たりがあるため,左右の二大政党による大連立が実現することは考え難い。N-VA単独では議会全体の議席数の2割にも満たないため,PSを加えないかたちで過半数を確保するには,4つ以上の政党と連立を組むことが必要となる。こうした状況が,今回の組閣協議をいつにも増して難しいものにしている。

 ベルギー政界には,1991年以降,コルドン・サニテール(防疫線)という協定があり,極右政党を政権に加えないことが慣例となっている。この結果,VBは,これまでも一定の議席を獲得してきたにもかかわらず,中央政府と地方政府のいずれにも加わることはなかった。しかし,今のところN-VAは,政策的に近いVBと手を組む可能性を排除していない。

 当面は,フィリップ国王がいつの段階で連立協議の下地が整ったと判断し,組閣調整者(formateur)と呼ばれる首相候補を指名するのか,が最大のポイントとなる。南北の対立を背景に右派勢力が伸長したとはいえ,国王が国の分断に繋がるような組閣を命じるとは考え難い。おそらくは中道もしくはリベラル系政党を交えつつ,極力宥和的な内閣の形成を目指すであろう。

 ベルギーでは,地方政府の政治権限が強いため,教育,福祉,公共交通のように国民の日常生活に関連する事項は地域レベルで決めることができる。他方,中央政府の所管の中でも外交・防衛・金融といった分野は,EUやNATOによって大枠が規定される。緊急の事案が生じた際には暫定政権による節度ある政策運営が維持される見込みであるため,短期的には大きな問題が生じるとは考え難い。

 ただ,連立協議が長期化すれば,様々な問題が出てくるであろう。暫定政権は現行の政策方針を継続することはできても,議会の同意を取り付けつつ,新たな改革に着手することは難しい。特に,11月初めが実質的な期限となる20年度の予算編成は懸念される。ベルギーは,11年のデクシア銀行の破綻等による危機を乗り越え,金融システムを安定させつつある。その一方で,財政状況は,債務残高が名目GDPの100%を超えているにもかかわらず,財政収支の赤字が続いている。EUの財政規律を監視する欧州委員会は,域内全体の経済が減速傾向にあることも踏まえ,歳出削減と歳入確保の双方向から,抜本的な財政再建策が必要との立場である。

 ベルギーは,人口でEU全体の2%,経済規模で同3%を占めるに過ぎない小国である。もっとも,EUの原加盟国(いわゆるオリジナルシックス)の一角であるほか,首都ブラッセルは欧州委員会,閣僚理事会,欧州議会を擁する事実上EUの首都となっている。加えて,ミシェル前首相は,3代目の欧州理事会常任議長(EU大統領)に就任する予定である。ベルギーからは,初代のファン・ロンパイ氏に続いて,実に2人目のEU大統領となる。このような中核国で政治空白が長期化することは,EUの統合深化の機運に更なる逆風となるであろう。

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