世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1434
世界経済評論IMPACT No.1434

防衛省地図データ計算ミスから考える国民の地図力低下への懸念

戸所 隆

(高崎経済大学 名誉教授)

2019.08.05

 地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備をめぐり,秋田市の陸上自衛隊新屋基地を適地とする防衛省の調査に地図データ計算ミスが見つかった。新屋基地以外の19候補地のうちレーダーの妨げと考えられる9ヶ所の山の仰角を調べた結果,9ヶ所全てが実際より大きく示され,不適とされた。縮尺の異なる複数のグーグル・アース地図を使っての計測ミスとのことである。国土の自衛には的確な空間認識とそれを培う測量・作図・読図技術は必要不可欠なものである。それに秀でているはずの防衛省関係者がなぜこのような単純ミスをしたのか考えてしまう。

 地図は国土管理,国土計画・開発をはじめ都市計画や様々な日常生活にも欠かせない基盤である。同時に,軍事上も不可欠なもので,第二次世界大戦以前の日本では正確な地図は軍事機密として一般国民の使用は制限されていた。現在でも地図を自由に利用できない国はあるが,今日の日本ではだれもが自由に利用でき,様々な地図が巷に溢れている。

 現在,日本の基本的地図は国土交通省国土地理院で測量し,各種地形図・地図類を製作・発行している。この国土地理院の前身は明治初期に発足した陸軍陸地測量部であり,現在では平和国家建設のためにだれもが国土地理院のHPから「地理院地図」にアクセスでき,印刷された地形図も簡単に取得できる。なぜ防衛省が国土地理院の地形図を使わず,アメリカ民間企業のグーグル・アース地図を使用したのか不思議である。防衛省の職員をはじめ国家公務員にも国土地理院発行地図の存在や地図の特性や縮尺,図式など地図の基本知識と判読力に欠ける人がいるのではと懸念してしまう。

 職務上地図を必要とする優秀な国家公務員に地図力低下の懸念があるとすれば,広く国民の地図力低下も懸念せざるを得ない。それは国民の空間認識の欠如に繋がり,国力低下の引き金になりかねない。かつて山歩きする人は必ず国土地理院発行の2.5万ないし5万分の1地形図を持参し,確かな空間認識をもって行動していた。しかし,現在ではスマホのデジタル地図の誘導で行動する人や,紙地図を一切持たず,案内標識だけに頼って何ら危機意識を持たずに山歩きをする人を見かける。また,カーナビを利用する人が多いが,カーナビへの依存しすぎも目に付く。カーナビに提示された目的地へのコースが常に安全かつ短絡コースとは限らない。その場合地図力があれば,コースの全体像と地形や諸施設の関係から最適なコースか否か,訂正にはどのコースがよいかをカーナビの支援を得て見出せよう。しかし地図力がなければ,無駄な時間とエネルギーを費やすことになる。

 地理学界や国土地理院,(一社)日本地図センターなど関係機関では国民の地図力向上のために様々な努力をしているが,この数十年間に国民の地図力低下が大きくなったと懸念している。その要因として,厚生労働省の「毎月勤労統計調査」問題の背景同様,過去30年間,高等学校での地理教育が必修から外れていたことがあろう。やはり,学校教育で地図に関する基本知識と現実に地形図を使った判読や地図断面図作成作業などを経験しないと地図力は身につかない。また,そうした教育を通じて生活空間や地域社会を地図上で把握できる空間認識を持たない限り,複雑化する国際関係や領土問題などが理解できなくなろう。それは政府が地方創生を唱えても東京一極集中問題解決にならない根本的要因にも繋がるものともいえる。

 だれもが簡便にデジタル地図にアクセスできる時代ではあるが,アナログで地図の基本知識や判読技術を紙地図で身につけない限り,デジタル地図は使いこなせない。アナログとデジタルが共存して初めて効力を発揮するものがある。初等中等教育における地理教育を強化して,国民の地図力・統計力を向上させない限り,空間認識も時間認識も育成できず,厳しい国際化時代を生き抜き,豊かな知識情報社会を構築できない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1434.html)

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