世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1395

岐路に立つ世界

高多理吉

(富士インターナショナルアカデミー 学院長)

2019.07.01

 1989年の冷戦構造崩壊直後,私はベルリンの壁の取り壊しの現場を体験した。ロンドンに帰ると,『日はまた沈む』,『日はまた昇る』の著者であり,エコノミストとしても世界的に著名なビル・エモット氏と対談し,グローバル化の将来についての率直な彼の感触を聞いた。エモット氏は「大繁栄の時代が来る」と断言したので,「楽観的な見解をお持ちですね」と応じた経験がある。

 私は冷戦崩壊後の世界について,顕著な特色として,次の7点を挙げたい(順番は重要度とは関係なし)。

 第1は世界の警察官としてのアメリカの一極支配体制の終焉と米中ロ3極体制の現出。

 第2は「9.11事件」以来,国家間の戦争ではない「新しい戦争」(過激派テロ組織との戦い。そして大国の代理戦争)が始まったこと。

 第3は,新しい戦争の混乱の中で,多くの避難民が国境を越え,各国に流入したことにより,各国でナショナリズムが台頭し,それぞれの国内においても受け入れの是非をめぐり分断が生じたこと(ブレグジットもその一環として捉えられる)。

 第4はBRICs,VISTAなど新興国(新興国という表現は時代の推移によって変化)の台頭で,世界の経済的,地政学的な力学構造が複雑になったこと。

 第5はグローバル化による大競争(メガコンペティション)の進展と,いわゆる新自由主義的考え方がデファクトスタンダードとなったことで,地域間・各国間・各国内において,経済格差が明確となり,いたるところで分断が生じていること。

 第6は革命的ともいえるIT社会の進展。

 第7は,地球環境問題の深刻化(気候変動,PM2.5に代表される大気汚染,海洋プラスチック問題等々)。

 こうした難問題を抱える世界の渦中でおきた「米中貿易戦争」は,両国間のみならず,世界全体に大きな影響を波及させるとみなさざるを得ない。

 自国だけでは解決できない問題,各国の協調・協力がなければ人類社会の崩壊につながる問題が,上記に記したように立ちはだかっているにもかかわらず,自国本位優先が世界中に蔓延することにより,協調・協力関係が頓挫し,世界は将来に「不安材料」を抱え込んでいる。世界は今や岐路に立っているのである。

 この意味で,米中貿易戦争は,人類共通の課題を解決するための協力関係を断ち切る懸念すべき問題である。

 1986年,私は時の政府(中曽根政権)から,米国の10の大都市を回って,日米通商摩擦が通商戦争に発展しないか,その可能性を探ってこいという命を受けた。当時,デトロイトで日本車が米国自動車工場労働者によって,ボコボコにされる写真が日本の各紙に大きく取り上げられていた。私が調査に行って,事実は,一時のデモンストレーションに過ぎなかったことが判明した。

 米国を横断し,10都市で,政財界,学者,メディア,労働組合代表者など130名程度と意見交換をした。結論は「日米通商戦争はない」というものであった。それをまとめると,「第二次世界大戦時では,日本が焦土と化してもアメリカは何らの痛痒はなかった。しかし,いまや米国は対日貿易によって安価で故障しない日本車の利益を多くの米国人が享受し,販売会社を含めると多くの雇用も創出している。また,日本の優秀な機械部品の輸入を必要としている多くの米国企業があり,サプライチェーンを断ち切る通商戦争は両国にとって大きな痛手となるから」というものであった。

 今回の貿易戦争がもたらす打撃は,当事国双方は言うに及ばず,世界規模で大きな影響が波及することは,すでに中ロ連携の現実化など世界の構造変化に大きな影響を与えている。

 超大国間の覇権争いが根底にある背景やサプライチェーンがより複雑かつ拡大している現在における米中貿易戦争と80年代の日米間の通商問題とは比較にならない。

 しかし,貿易戦争は多大の損傷を与えることになるということは変わらない教訓として現在も生きていると言えないだろうか。

 加えて,わが国は,これまでの経験値と技術力を駆使して,世界の協調関係の構築と保護貿易主義を食い止めることに不断の貢献をする努力を怠ってはならないと考える。

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