世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1358

似たもの同士はお友達:難しい時代に生きる

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2019.05.13

 去年12月20日,誕生日に際しての記者会見で天皇は,「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵しています」と述べた。でも,人間は長く平和が続くと,それを当たり前のことと思ってしまうのではないだろうか。

 本を読まず,無教養で,平気でウソをつく大統領や総理大臣。ひょっとすると本人たちは「ウソをついている」意識はないのかも知れない。「こうだったらいいなあ」という願望・妄想と現実が区別できない頭脳構造なのかも知れない。「フェイクニュース」じゃなくて「フェイク記憶」か。我々が難しい時代に生きていることは間違いない。

 ハラリおじさんは,「かつて平和は一時的に戦争がない時代だったが,いまは意味が違っている」と言う(Homo Deus, p.18)。確かに,ヨーロッパの近現代を振り返れば,100年のうちにドイツとフランスは3回大きな戦争をしている。第2次世界大戦後,思想家も貴族も政治家もコニャック商人も,ドイツとフランスが経済的利益を共有することによって大きな戦争の再来を防ごうと考えた。賢い!

 日本の近現代史を振り返っても,日露戦争までは合理性が支配した日本陸軍も,その後は,訳の分からない精神主義が支配して太平洋戦争に突入した。第2次大戦後も,戦後復興から高度成長期までは,合理性・効率性が政府・民間の行動原理だったが,あくまでGrowth with equityが政策の基本であった(大蔵省「今後の経済政策の基本的考え方」1954年8月)。しかしバブル崩壊後は「成功体験」から脱することが出来ずに,失われた10年20年30年。

 ドナルドおじさんもシンゾウ総理も歴史に関心がないみたいだし,唯我独尊。トランプは,地球温暖化を否定してみたり,とんでもないことを言う。しかもその根拠を示さない。財政赤字には無頓着。先月もトランプは,「Fedがちゃんと自分の仕事をしていたら,株価は5000から10,000ポイント高かっただろうし,たいしたインフレもなく経済は3%じゃなく4%は成長していただろう」と言っている(FT, 4月14日)。株価の乱高下は,自分の気まぐれツィートなのに。パウエルFRB議長は「我々は短期的な政治の考え方を議論しないし,政策決定の際に考慮しない」と言っている(『日本経済新聞』,5月2日)。でも,ジェイ・パウエルのストレスは高まっているだろう。

 歴史音痴のトランプ,中央銀行の政策に公然と介入する。ギデオン・ラックマンは,「トランプは,あまりにも沢山むちゃくちゃを言っているので,全部を思い出すことが出来ない」と書いている(FT,5月6日)。そのコラムのイラストは,カウボーイスタイルのトランプが,「アメリカを再び偉大な国に」と書いた真っ赤なカウボーイハットをかぶって長い葉巻を咥え,ピストルを上に向けている。3月25日にはゴラン高原をイスラエルの領土として承認した。それなら巧みな住民投票によってロシアがクリミアを併合したのも認めるのだろうか。イスラエルでネタニヤフが続投する見通しになって,中東和平実現の可能性が高まったと言ったらしい(『日本経済新聞』,4月11日)。口先男。

 シンゾウ総理,議会で「李下に冠を正さず」と言っていた。百歩譲っても「李下に冠を正した」ことは間違いない。「森羅万象を司っている」などとも答弁して,週刊誌か何かが「神になったつもりか」と揶揄していた。「饂飩屋の釜」的口調で「森羅万象」と言われても,何の風景も浮かばない。『蜜蜂と遠雷』には,何度か「森羅万象」が出てくる。それには,自然に対する畏れ,畏敬が感じられる。そこからは,美しい風景が見えてくるけど,それだけでなく修羅も見える。

 「当たり前の平和」というぬるま湯に浸かっている我々はどうすればいいか。ドナルドおじさん,多国間の枠組み・交渉が嫌い。2019年4月のG7外相会合にポンペイオ国務長官は欠席している。でも「自分だけよければいい」という考え方では,世界の平和も安定した繁栄も望めない。ちょっと歴史を振り返れば分かることだ。いかにして対立する利害を調整するか,多国間の仕組みが不可欠だ。

 いまの高校生には世界史は人気がないらしい。大学受験に不利だという。何か間違ってやしないか。世界の歴史は極言すれば戦争の歴史だった。それを知らずしてどうやって平和を実現することが出来るのだろうか。ゼミでは歴史的な論文や本も沢山読んだ。学生たちは「高校の世界史,つまらなかったなあ」と言う。じゃあ「ゼミの歴史に関する議論はどうか」と訊くと,「これなら面白い」と。民主主義は「ポピュリズムの気分」を内包している。しかし,いかに目先の利益に政治が迎合しないかが大切だ。それには長期的なものの見方,歴史の視点,経済的に豊かな国がちょっぴり譲る姿勢が必要だ。それこそ「偉大な国」なのだ。

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