世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1357
世界経済評論IMPACT No.1357

キャッシュレス社会とBrexit:普及のカギは合意形成

小原篤次

(長崎県立大学国際社会学部 准教授)

2019.05.13

 欧州から戻り,『世界経済評論』の特集「キャッシュレス社会の到来」を見つけた。かつて情報工学的な技術論が主流だったのと隔世の感がある。同誌の特集のように,経済学者らが,キャシュレスの先進地,欧州や中国などの最新事情を報告する記事が増えた。筆者は2年前,川野氏,中島氏と3人で研究会を立ち上げ,研究費獲得に挑戦した時と比べても,日本が変わろうとしていることがわかる。

 専門家である二人に研究会を呼びかけたのは,両氏がスウェーデンの現金流通量減少に言及していたからである。検討した,キャシュレス普及のカギ(研究課題)は,金融決済を利用する消費者の視点では,費用と利便性である。国際比較のアンケート調査を実施すれば,日本の特性が明らかになると考えた。次のカギは,キャッシュレス社会の到来で,既存の金融機関にどういう影響があるだろう。つまり,既存の金融機関が積極的に日本のキャシュレス化を推進するのかとの問いである。

現地調査で社会の合意形成の重要性を知る

 筆者は,スウェーデンの研究者から,両国の中小企業のイノベーションについて意見交換を求められており,欧州滞在を始めた2018年10月下旬,スウェーデンを訪問する機会を得た。

列車乗車券の払い戻しの現金がない

 スウェーデン到着直後,キャッシュレス社会の現実を体験した。ロンドン研究滞在のおかげで,新たに入手した携帯電話,デビットカード,クレジットカードがあるため,欧州内の移動に不便がなかった。スウェーデンでも,空港に直結する鉄道駅で,現金を受け付けない乗車券販売機を利用することができた。次に問題が起きた。乗務員とやりとりしているうちに,指定された列車に乗れなかったのである。再発行もしくは払い戻しのため,改札口に戻った。しかし改札の案内にも払い戻す現金が用意されていないのである。コールセンターに連絡して,再予約することになった。

 また目的地の地方都市にある駅は日本の地方都市程度の列車本数で,エキナカも充実していた。エキナカのコンビニエンスストアには,スウェーデン語でKORTBETALNING(カード支払い)の掲示がされていた。トイレは有料トイレばかりで一部を除いて現金は使えない。その一部も故障していた。この駅にはエキナカ店舗は8つあったが,駅員が不在だった。

 キャッシュレス社会が徹底しているだけではなく,収益性が高く鉄道部門のコスト削減が徹底されていることを知った。公的セクターの収益性向上につなげたいという,合意形成と解釈した。

スウェーデンはキャシュレス化の確立を前提に議論

 スウェーデンの人口規模は日本の12分の1である。北欧4カ国を合わせても3000万人に満たない。つまり日本の首都圏に及ばない市場規模である。スウェーデンの研究者がイノベーションを研究テ―マにしたように,先進国の中で相対的に市場規模が見劣り,しかも決して日照時間,気温など気候に恵まれていないなど制約条件がまさにイノベーションの起爆剤に一つになっている。キャッシュレス社会の問題として知人を含めて各媒体を見ても「高齢者の対応」で共通している。

 スウェーデンの20名ほどの研究会に参加すると,環境経済学者も,キャシュレス化を含むデジタル化(スマート化)が進んだ場合,電力供給拡大で,地球環境に負荷をかけないかと議論していた。工学,法学の専門家も含めた全体の議論は,スマート化の推進で一致していた。スマート化の推進を前提として,持続的発展を考えていた。

 キャッシュレス社会の推進役として,スウェーデンの有力企業として通信機器のエリクソンによる政策形成の影響を指摘する研究者もいた。ただ,金融機関も中央銀行と連携してSWISHというモバイル決済を強力に推進している。金融業とテクノロジー企業が対立的ではなく,協力して経済小国のイノベーションを推進したのではないだろうか。企業や労働者が淘汰されても,この国の社会保障は充実している。

 現金払いの比率(支払いベース)は,スウェーデンが15%,英国が40%で,共通通貨ユーロが流通する欧州諸国よりキャッシュレス化が進んでいる。ユーロ圏ではオランダの45%が低い。

 英国の場合,デビットカード,クレジットカードが非接触対応のほか,Apply Payなどカードを利用したモバイル決済が主流である。現金ではロンドンバスを利用できない。しかしロンドン地下鉄ではまだまだ現金対応の自動販売機が活躍している。Brexitのように移民問題,外国人の流出入が激しく,慣習法,金融機関の影響力も無視できない。

 日本は英国より合意形成が取りやすい社会だと思われる。利便性,コストやセキュリティの優位性を理解されれば,英国の水準に追いつくのも夢ではない。もちろんイノベーションによる淘汰を恐れないリーダシップは必須条件だ。

[参考文献]
  • 川野祐司(2018)『キャッシュレス経済』文眞堂
  • 中島真志(2017)『アフター・ビットコイン』新潮社
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1357.html)

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