世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1353

緊張の夏,トルコの夏

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 経済調査チーム長 チーフ・エコノミスト)

2019.05.13

 4月8日,トルコのエルドアン大統領は訪問先のモスクワでプーチン大統領と会談し,ロシア製地対空ミサイル「S-400」を予定通り導入する考えを示した。NATO加盟国でありながらロシア製兵器の導入を積極的に進めるエルドアン大統領の外交姿勢に加え,経済・内政にも問題を抱えるトルコに対し,近年市場は厳しい目を向けている。

 トルコが抱える経済・内政・外交問題について簡単にまとめてみよう。

 第1に経済問題だが,リーマンショック以降じわじわと進んできたトルコリラ安の本質的な原因は原油価格の高騰による貿易赤字拡大,ひいては経常赤字拡大だろう。2001年と2011年の財貿易赤字を比較すると,その間財貿易赤字は959億ドル拡大したが,そのうちエネルギー(品目番号でいうと第27類)による財貿易赤字拡大分は実に397億ドルにも上る。短期的には投機的なトルコリラ売りもあり,外貨準備高は既に危機的水準にまで低下している(世界銀行データによれば,2018年10−12月期のトルコの「総外貨準備高÷外貨建て短期総対外債務」は0.9倍)。

 第2に内政問題だ。トルコリラ下落の理由を3月31日の統一地方選での3大都市(イスタンブール・アンカラ・イズミール)市長選での与党敗北に結びつける見方が多いが,市場が懸念しているのはむしろ「強過ぎる与党政権」であろう。実際,今回の統一地方選での与党・公正発展党の全国得票率は44.32%と前回の統一地方選挙(2014年,同45.50%)や国政選挙(2018年,同42.5%)から大きく変わっていない。従って今回の3大都市市長選での敗北の理由は最近の景気悪化であると推察される。そして強過ぎる与党政権は一度敗北が決定したイスタンブール市長選を再選挙に持ち込んだ。強過ぎる与党政権の中銀・金融機関への介入も目に余る。

 第3に外交問題だ。米国は仮にトルコがロシア製地対空ミサイルS-400を導入した場合,現在米国が導入を進めている第6世代ステルス戦闘機F-35のデータがロシアに収集され,自国や同盟国の安全保障をおびやかすと主張している。そして米国はトルコによるS-400導入を阻止すべく,飴(S-400の代わりに米国製パトリオットミサイルを提供)と鞭(トルコにF-35を売らない,F-35の製造工程からトルコを排除する)を駆使してトルコを説得しているが,トルコがS-400導入を諦める様子はない。またトルコによるイラン産原油輸入に対する米国の反発も注目すべき問題だ。これらの問題がこじれ米国が昨夏のような経済制裁を発動すれば,既に弱いトルコ経済は追い詰められるだろう。

 まとめると,現在のトルコの問題は,「従来から存在した経済問題が拡大し」「政権にそれを管理する能力が無く」「外交問題次第では西側社会(IMF)の支援も得られず,場合によっては米経済制裁が発動されるリスクもある」ということだ。問題の根っこに経済問題があり,且つ統一地方選での苦戦も景気悪化が原因だとすれば,エルドアン大統領にとって経済再生が当面の最重要課題となろう。既に4月10日,アルバイラク財務大臣は国営銀行への約490億ドル(国債発行により調達予定)の資本注入,歳入拡大と年金改革を通じた財政規律回復,輸出拡大,を軸とした経済再生策を発表した。但し詳細の発表は数カ月後とされている。

 筆者が考える今後の標準シナリオは「ロシアからのS-400導入・イラン産原油輸入について米国と妥結するも,IMFには経済支援を仰がず,景気停滞が長期化しトルコリラは更に下落,民間対外債務のデフォルトも発生する」というものだ。

 ここ数年,エルドアン大統領は米国やロシアと鋭く対立するも,最終局面では譲歩するという賢明な判断を示してきた。しかしもしトルコが米国の同意を得ないままS-400を導入and/orイラン産原油輸入を継続するなら,その先には米国の経済制裁とトルコおよび世界の混乱が待っている。トルコ政府によればS-400の導入は今年7月だという。トルコが昨年に続いて今年の夏も世界を揺るがすのか,エルドアン大統領の判断を注意深く見守りたい。

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