世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1348
世界経済評論IMPACT No.1348

ポスト・モダンのアジア経営

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2019.04.29

 アジア各国別のビジネス人のステレオタイプにつき筆者は以下のようなまとめ方をしている。文化価値とは,規範意識と自己実現意識の在り方で五種類に分類するもので鈴木康二『アジア投資戦略』(大学教育出版,2004年)第四章に説明がある。ステレオタイプ的見方は批判されがちだが,ケースバイケースのアプローチでは暇と金がかかり過ぎる。この分類により現地ビジネス環境,具体的な現地ビジネス情報の顕れ方報道のされ方,ビジネス法令の適用解釈そして現地ビジネス人の考え方を,各々推測し理解してみる。現実と合わないと思う箇所は個別に直していけばよい。

 まず日本人のビジネスタイプは「職人」で「誠実で細かいが戦略に欠ける」。文化価値は「Ⅴ(規範に従う)」で,民主主義は「少数保護の名により出る杭を打つ」ものとなる。

 中国人のビジネスタイプは「士太夫」,「大人(たいじん)を装う権威主義と蹴落とし文化」で,文化価値は「Ⅱ(華南以外),Ⅲ(華南)」,「権威的民主集中制」が民主主義の型である。

 韓国人のビジネスタイプは「政商」で「政治と関連させて儲ける,イイとこ取り」,文化価値は「Ⅲ(不確定性回避のためには何でも使う)」,「ナショナリズム民主主義」である。

 ベトナム人のビジネスタイプは「小商人(日本の商法総則にある概念)」で「小さい利益に拘る。法律は村の入り口までしか来ないとの諺がある」,文化価値は「Ⅱ(社会的権威に従う)」,「責任回避的民主集中制」の民主主義である。

 インドネシア人のビジネスタイプは,非華僑の人も含め「華僑」的で「パリア(賤民)資本主義,社会的モラルを超える利益至上主義で権威者に頼る」,文化価値は「Ⅱ」,「人気取り民主主義」の国である。

 タイ人のビジネスタイプは「国内でタイ人,国外で華僑を使い分け」る「いいとこ取り」で,文化価値は「Ⅲ」,民主主義もまた「中進国の罠」にはまっている。

 インド人のビジネスタイプは大なり小なり「マルワリ商人」型で,近江商人同様行商人出身で全国に販売ネットワークを持ち,新産業分野に積極的に進出したビルラ財閥が典型だ。特徴は「政府と無関係な財閥,出稼ぎ体質」,文化価値は「Ⅱ」,州毎でも議院内閣制をする民主主義に特徴がある。

 このような国・人種別の見方であるアジア各国別ビジネスのステレオタイプではアジア経営が分析できない事態も生じている。国民国家がモダン文明の典型だとすればポスト・モダン文明でしか理解できない事態が生まれているからだ。両者の違いを社会学者今田高俊の考えに基けば以下のようになる。

 モダンは機能重視の社会だが,ポスト・モダンは意味重視の社会だ。モダン下では社会は統制(コントロール)により管理されるが,ポスト・モダン下では社会は再帰(リフレクティブ)によるフィードバックがなくては管理しえなくなっている。モダンでは成果により評価されるが,ポスト・モダンでは差異により評価される。モダンでは,人をいかに管理(アドミニストレーション)するかで秩序が構成できたが,ポスト・モダンの秩序はコーチングつまり,本人は自ら考えて行動するので本人が必要とする能力をサポート,助言することでしか秩序は成り立たない,と考えられるようになった。モダンの組織秩序は軍隊や官僚組織そして国民国家に見られる定住型の樹木(ツリー)型秩序だ。ポスト・モダンの新秩序はリゾーム(根茎)型と呼ばれ,従来の組織から常に抜け出し別の組織を生成しようとし生成に成功すると地上に姿を現す非定住型の遊牧民(ノマド)的な組織だ。

 モダンの樹木(ツリー)型秩序の典型である国民国家では発展や国民の豊かさという成果を如何に生むかの機能が問題になる。ポスト・モダンのリゾーム型秩序でも国民国家は否定されないが,経済成長や人権・民主主義は意味ある差異を生んでいるかを問い直され(再帰),評価される。国民国家が効率的に機能し成果を生んだとしても評価されない。

 ナショナリズム,ポピュリストの台頭は国民国家を機能ではなく意味あるものにする手段だ。アラブの春は民主主義の実現ではなく,「我々国民が意味ある人生を送れるようにせよ」との要求だ。黄色ベスト運動,IS,テロ,ヘイトクライムも意味ある人生を求めるポスト・モダンの動きだと見れば判り易い。普遍的人権の価値も意味があるかで試される。中国の国家資本主義的な動きも意味がなければ国民からソッポを向かれる。愛国正義による先進諸国・企業の知的財産権侵害を良しとする中国国民は国内外の市民によりソッポを向かれつつある。アジア企業経営も利益という成果ではなく意味で測られるからよりESGが重視され,ステークホルダーへの意味が問われる。パナマ文書のような利益隠しの告発は正義や不正の観点ではなく意味があればハッキング同様多発していく。国別ビジネス人のステレオタイプがポスト・モダン下でどう生き残り,改変されていくかを想像することが今後のアジア経営の成否を決める。例えばベトナム人が小商人気質のままならポスト・モダンの下で生き残れないのは確かだ。リゾームが作れないからだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1348.html)

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