世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1303

フィリピンの出稼ぎ女性から学んだこと

平岩恵里子

(南山大学国際教養学部国際教養学科 准教授)

2019.03.11

 日本で外国人労働者受け入れをめぐり,「開国」か「鎖国」かの議論が盛んに行われていた1990年代,「興行」の在留資格で働くフィリピン人女性の不法就労と労働環境がニュースになったことがあった。当時,銀行窓口で,日本円を持って来店しフィリピンに送金する女性たちに日々接し,労働災害の具体的な話も耳にしたことがあったため,市の法律相談サービスに行き不法就労だと労働法で守られないのかと聞いたことがあった。「就労外資格でも,労災保険法などの労働法が適用されます」と教えてもらったが,知りたかった個別案件への回答は結局もらえなかった。今になればそれはそうだな,と分かるのだが,フィリピン女性を助ける主体が日本なのか自分なのか,誰の責任なのかわからないまま,結局何もできない中途半端な気持ちだったことを覚えている。今また,移民受入れか否か,に形を変えて外国人労働者の議論がなされている中で,その時感じた中途半端な気持ちは変わっていない。

 昨年政府が公表した「経済財政運営と改革の基本方針2018(いわゆる骨太の方針)」で「新たな外国人材の受入れ」が明記されたが,「外国人労働者」は「外国人材」になっていた。「外国人材」をたどってみると,最初は2008年,自民党の国会議員で構成する外国人材交流推進議員連盟の名に見られる。同連盟は,「移民立国」を掲げ,「移民庁」設置と50年間で1,000万人程度の移民受け入れを提言していた。民間では2007年に日本経済団体連合会(日本経団連)が「外国人材受入問題に関する第二次政策提言」で「外国人材」を受け入れるための三原則を掲げており,おそらくこれが「外国人材」の初出のようだ(この提言の出発点となった2004年の「外国人受入れ問題に関する提言」では,「外国人材」ではなく「外国人」と表現されている)。そこでは,将来的に労働力不足が見込まれる分野における外国人材の受入の円滑化が提案されている。いずれにしても2000年代に入り,上述した議論以外にも厚生労働省や外務大臣の諮問機関,経済財政諮問会議など政府レベルでの議論が高まり,それを受けた日本経団連など民間からの提言もあって「外国人材」が想定され,「移民庁」ではなく「出入国在留管理庁」が創設されることになった。今回新たに受入れが想定される外国人材の中身は従来の「いわゆる」単純労働者,ないしは未熟練労働者だから,単純労働者を受け入れない政策をとる日本の方針が根本的に変わる。その一方で,政府は「移民政策」とは違う,と主張している。

 早川(2008)(注1)によれば,各国の外国人労働者受入れ政策は,①外国人労働者を移民として受け入れるか,一時的な受入れにとどまるか,②いかなる範囲の労働者を受け入れるか,とくに,いわゆる単純労働(不熟練労働)を目的とする外国人の受入れを認めるかどうか,③入国・滞在とその後の就労について別々に管理する二元管理方式をとるか,統一的な一元管理方式をとるか,またそのような管理をいかなる行政機関が実施しているか,④外国人労働者の国内への流入による労働市場への影響をどのようにコントロールするか,に分類することができるとし,その視点から日本の枠組みを述べている。①については,入国当初から「永住者」の在留資格を付与することはないため,日本は移民の受入れ政策をとっていないことになり,②単純労働を目的とする在留資格は認めておらず,専門的技術分野の外国人のみを受入れており,③日本は入国・滞在管理と就労管理は区別されず一元管理方式がとられ,④外国人労働者が労働市場に与える影響について,明確な制度的枠組みを持たなかった,としている。となると,新たな外国人労働者政策は明らかに②の方針転換となり,④の論点が今後重要になるはずだから,制度的枠組みが必要となり,そのためには③の就労管理が別途求められることとなろう。その結果として,長期滞在・家族帯同が現実となった場合,①の論点を主張することの矛盾が生じることは明らかだ。④については,諸外国ではすでに様々な理論面及び実証面から経済分析が蓄積されており,受入れ国民に賃金や雇用の面で負の影響をもたらすことはないという結論が多くを占める。筆者も非貿易財生産への外国人労働者導入が受入れ国にもたらす経済厚生を分析したが,必ずしもマイナスにならない,という結論を得た。日本でも賃金や雇用への影響はごく小さい,という分析もなされており(注2),こうした知見を活かした制度設計を検討することは可能だ。

 国際慣習法上,外国人には入国の自由はなく,認めるか否かは国家の自由裁量に任され,在留の権利は憲法上保障されるものではない(早川,2008)(注3)。日本の外国人の入国・滞在に関する基本的な概念は在留資格であるから,リストに並ぶ在留資格がすべてを決めることとなる。しかし,就労に関しては,雇用するのは国ではなく企業であり,そこでの関係性をめぐる空間は国がもたらす空間とは別物であろう。貿易理論上,財・サービス貿易が国同士の経済活動ではなく,企業同士の経済活動である,という視点にたつことに似て,外国人の入国・滞在の許可は日本が引くラインに沿うが,現実の就労や生活は企業や個人のミクロのレベルに立脚しているはずだ。在留資格においても,技能実習生や日系人などの定住者,あるいは留学生に至るまで,すでに単純労働という空間で就労していることは事実で,二次元リスト上の線引きは,現実の空間ではすでに三次元のあちらこちらに錯綜している。また,国際人権規約や人種差別撤廃条約の定めるところによって,外国人が日本国内に居住し,市民生活を営む上での権利は,日本人と平等・公平であることが原則である(手塚,2005)(注4)とされる空間もある。

 銀行の窓口で,市内のクラブで働くフィリピン女性から「村にいる弟にこのお金が着くのはいつ?」と聞かれるたびに,「いったんマニラの提携銀行に送りますが,その先の送金がいつになるかは分かりません」と答えていた。労働基準法が不法就労にも適用されることを知った時の中途半端な気持ちは,人の営みを制限しようとする空間と,とは言いながらも普遍的な価値をめぐる空間とが錯綜していることの居心地の悪さかもしれない。

[注]
  • (1)早川智津子(2008)『外国人労働者の法政策』,信山社
  • (2)内藤二朗,内藤久裕・神林龍・川口大司・町北朋洋(2009)『日本の外国人労働力―経済学からの検証』,日本経済新聞出版社
  • (3)前掲注(1)
  • (4)手塚和彰(2005)『外国人と法』,有斐閣

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