世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1279

緊縮財政と国際経済協調

西 孝

(杏林大学総合政策学部 教授)

2019.02.11

 「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざは,本来,複雑な因果連鎖を通じて,思いもよらないところに影響が及ぶことを意味するものである。蛇足を承知で説明すると,大風が吹くと砂ぼこりが多く立ち,盲人が増える。盲人は三味線を弾くので,その素材である猫の皮への需要が増え,猫が減少する。そのことが鼠を増やし,鼠は桶をかじるので,桶に対する需要が増え,桶屋が繁盛するというわけだ。

 では,同じ体で「緊縮財政政策は国際的非協調をもたらす」というのはいかがだろうか? 以下ではこの思いもよらない(?)因果連鎖を示してみようと思う。ただし,ここで「緊縮財政政策」とは,その本来の意味に加えて,景気状況が思わしくない時でさえも財政規律を優先するような政策志向をも含んでいる。

 緊縮財政政策は,経済が度を越えて加熱しており,インフレが焦眉の問題であるのでない限り,経済の総需要に対しては抑制的に働く。民間消費支出や民間投資支出が低迷しており,それに加えて政府支出が抑制されるとなれば,景気を極度に減速させないためには,自ずと外需への依存度が高まることになる。

 昨今の,とりわけ2010年以降の日・米・欧における景気対策が,極端な程度において金融緩和に偏重しているのは,そのことと密接に関連している。実は基本的な路線においてはそれよりはるか以前からそうであるのだが,ここでは「ワシントン・コンセンサス」の起源にまでさかのぼるには及ぶまい。そして,教科書的な国際マクロ経済モデルが示すとおり,金融緩和は,自由な資本移動のもとではもっぱら自国通貨の減価を通じて,輸出を増大させることで作用する。つまり,緊縮財政ゆえ,言い換えれば,景気対策として財政政策を用いることができないがゆえの金融緩和依存であり,それが外需依存ないし輸出の維持に神経をとがらせる対外的姿勢をもたらすのである。

 しかしこれは昔から「近隣窮乏化」と形容されてきただけでなく,すべての国が同じ政策で貿易黒字を拡大することができないことは言うまでもない。ある国の輸出は,他の国の輸入である。またすべての国が同じく金融緩和を行えば,結局どの国の通貨も減価することはできないはずである。

 結果としてこのことは,競争力その他の違いから輸出攻勢に成功する国とそうでない国を生み出し,それらの国同士の間で,政治的な手法に依拠した貿易摩擦を引き起こす要因となる。曰く,某国は為替操作を行っているのだ。曰く,不公正なダンピングが行われており,対抗措置を講ずる用意がある。いやそれどころか,公正であろうが,不公正であろうが,自国の雇用を守ることを最優先するのだ……。こうして各国が外需の維持に一層神経質にならざるを得ないことこそが,緊縮財政が国際的非協調の要因となる第一の因果連鎖である。

 他方で,因果連鎖のルートはこれに止まらない。国内で緊縮財政のネガティブな影響をより多く受けるのは,政府の財政支出に依存している層である。さまざまな社会保障であれ,教育のための支出であれ,それは決して富裕層ではあるまい。疑いもなく,それは中・低所得層であり,もっとも甚だしい程度において貧困層である。

 そしてこれら緊縮財政のネガティブな影響を受ける層を魅惑して止まないものこそが「ポピュリズム」である。彼ら・彼女らは自国優先主義,排外主義を掲げる政治的リーダーに力を与える。現代の「ラッダイト」が自らの境遇を脅かすものとして敵視し,打ち壊そうとするのは,機械ではない。それは外国製品であり,とりわけ外国から移民としてやってくる低賃金労働者である。

 そのような層はいつの時代にも存在したかもしれない。しかしここで重要なのは,そのような層の支持が大統領の擁立に結実し,移民排斥を理由にEUからの離脱という国民的選択として結実するまでに有力となることなのである。そしてそのようにしてもたらされる自国優先主義・排外主義が,国際的非協調の無視し得ない脅威であることは明白である。

 いかがだろうか? かくして,緊縮財政政策は,「外需依存」と「ポピュリズム」という二つの因果連鎖を通じて国際的非協調をもたらす,というわけである。

 風が吹いたことで桶屋が儲かったという統計データを,筆者は寡聞にして知らない。しかし,本稿で示した因果連鎖は,アメリカで,イギリスで,そして他のヨーロッパ諸国においても,われわれが目の当たりにしている事実とは言えないだろうか。

 ちなみに「風が吹けば桶屋が儲かる」は,その因果連鎖の過程が飛躍を含んでいて,「こじつけ」の意味で言及されることもあるそうな(!)本稿の論述が,このことわざのどちらの意味にふさわしいかは,読者の判断に委ねるしかあるまい。

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