世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
1ヶ月半後に迫るBrexitと事態打開の突破口
(欧州三井物産戦略情報課 GM)
2019.02.11
英国のEU離脱が1ヶ月半後に迫るが,離脱の着地点とそこに至るまでの経路が見えない状況が続く。
メイ首相がEUとの17ヶ月に及ぶ交渉を経てまとめた,「離脱協定」案と将来関係に関する「政治宣言」案(以下離脱合意案)は1/15に議会で史上最大の票差で否決された。野党の反対に加え,アイルランドと北アイルランド間の厳格な国境管理回避のための「バックストップ」への反対により,保守党から「強硬な離脱派」を中心に118人もの造反者が出たこと,そして閣外協力する北アイルランドの地域政党DUPも反対に回ったためだ。
バックストップは,①英国全体が関税同盟加入,②北アイルランドは英国他地域に比べEU法とより密に調和,③明確な期限を設けない,④英国が関税同盟離脱の条件を満たしたかは「共同委員会」が判断,という内容だ。②についてDUPが英国と北アイルランドの統一性を損なうとして,③,④について保守党の強硬な離脱派が,関税同盟から永遠に抜け出せない恐れがあるとして,夫々反対している。
これを受け,メイ首相は(バックストップ問題解決の為)EUに離脱合意案の修正を求める方向へ転換,1/29にはこれを補強する「現在のバックストップを別の措置で代替すべき」という修正動議も可決され,議会の支持をバックにEUとの再交渉に挑んでいる。メイ首相は,再交渉後2/13までに「修正離脱合意」案を再度採決にかける予定。否決された場合,もしくは13日までに修正離脱合意案を持ち帰れなかった場合,「今後の交渉方針」を議会に提示し,2/14に修正動議も含めて採決が実施される。
離脱合意案否決とその後の与野党各派の合従連衡,そしてEUとの再交渉等から8つのインプリケーションが得られる。(1)初回の離脱合意案採決と異なり,次回以降の投票は各派による受け入れ可能な案=Least Worstの選択,(2)議会はNo Deal回避へ強いコンセンサス形成,(3)1/29に一度否決された「離脱プロセス延長」や「Indicative Vote」(EUと離脱交渉やり直し,国民投票再実施等のオプションについて投票実施)等の修正動議は,修正離脱合意案が否決された場合,再提出され可決される可能性,(4)(2)や(3)に加え,2/6にコービン労働党首が恒久的関税同盟受け入れ等の条件付ながら修正離脱合意案支持の可能性に言及したことで,強硬な離脱派の焦りは高まり,次善の策を探る動きが活発化,(5)労働党も強硬な離脱派,穏健な離脱派,残留派への分断が深刻で,メイ首相の付け入る余地大,(6)離脱合意の英国法への落とし込み等を考えると,No Deal以外の場合は離脱プロセス延長は不可避,(7)再国民投票は,労働党が恒久的関税同盟支持を明確化したことで議会で多数派を形成できる蓋然性低下,(8)EUの交渉姿勢は足下の景気減速によるNo Dealへの耐性低下もあり軟化しており,離脱プロセス延長は容易化も,バックストップ書き換えはほぼ不可能か。
今後1年程度の時間軸で考えた場合,4つのシナリオが想定される。
(1)「バックストップ中心に離脱合意が修正され離脱」。バックストップについて,離脱協定への付属文書で時限性の法的保証を与える等の形で合意が成立。前述した通り強硬な離脱派の焦りは高まっており,最終的にメイ首相による修正された離脱合意案支持へ転じる。メイ首相は労働党の反コービン派の支持を得ることで修正された離脱合意の批准に成功し,英国は離脱合意の英国法への落とし込みのための短期間の離脱プロセスの延長の後,4-6月にEU離脱,移行期間入り。
(2)「EU市場へのアクセスを重視する様離脱合意が修正され離脱」。メイ首相がEUと再交渉後持ち帰った離脱合意案は,再び議会で否決。1/29に一度は否決された離脱プロセス延長,Indicative Vote等の修正動議が可決され,交渉プロセス延長がEUに要請されると同時に,望ましい離脱の形に関する投票が実施され,超党派で恒久的関税同盟等の離脱を目指す方向で合意が成立。将来関係に関する政治宣言がEUと協議後変更され,修正された離脱合意が議会で批准,英国はEUを4-6月に離脱,移行期間入り。
(3)「再国民投票・EU残留」。議会により望ましい離脱の形に関する投票が実施されるまでは(2)と同一。ただしこのシナリオは,再国民投票が多数を獲得。これを否定してきたメイ首相はこの結果を受け入れず,4月頃に総選挙を実施も労働党が勝利をおさめコービン政権が成立。再国民投票が10-12月に実施され残留派が勝利し,英国はEUに残留。
(4)「No Deal」。メイ首相はEUとの再交渉で譲歩をほとんど得られず離脱合意案は再び否決。しかし,分断された議会は代替案のコンセンサスを形成できないまま3/29を迎え,無秩序な離脱に追い込まれる。
前述の8つのインプリケーションを織り込むと,(1),(2)の蓋然性が高い。(3)の蓋然性はここにきて低下傾向。(4)は,発生した場合の負のインパクトが大きいため,企業として準備は怠れないが,蓋然性は抑制されている。こうした蓋然性は,英国の政治経済動向,EUの交渉姿勢を映じ大きく変化しうる。状況は非常に流動的であり,これらの動向を注意深くウオッチし柔軟かつ迅速な対応を心掛ける必要がある。
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