世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1257

マクロン政策の展望

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2019.01.21

矛盾する潜在成長力概念取り入れで危うい財政再建

 財政再建はマクロン大統領の優先的最重要課題であった。しかしそのための予算の調整は歳出のみに頼るものである。2022年までに財政赤字の対GDP比を3ポイント下げるこの公約は,実は失業保険収支が失業率低下によって改善することが大前提であった。これは景気変動に左右される需給ギャップによるものであって構造改革による潜在成長力の引上げに基づくものではない。この辺に陥弄ともいえる危険性がある。5年間で500億ユーロの財政支出の削減が予定されている。年間100億ユーロの公共投資の実施も,社会保障における医療保険支出目標計画(ONDAM)収支の改善が期待される反面,公共支出抑制のデフレ効果の浸透具合では心もとない面がある。

 マクロンの経済政策は2年目の9月に発表された福祉対策(Plan Sante)と貧困対策(Plan Pauvrete)は選挙公約通り野心的なものである。とくに「福祉労働選択計画」(Loi pour la liberté de choisir son avenir professionel)に盛り込まれた既存の社会保障制度から新たな健康の予防自己管理制度に移行することを狙った54の措置は「21世紀の福祉国家」マクロンの言うように今後50年の道筋をつけると画期的なものである。また貧困対策では保育所,3〜18才の義務教育化,貧困世帯援助など国の給付増加を逆に打ち出している。全体として個人の自己責任や動機付けを重視してこれまでの扶助供与型(bonus)から減点主義(malus)の原則を全面に出す個人の意識革命を狙っている。

公共支出節約の甘い予測が財政支出の乗数効果の違いに反映

 OFCEの計算では5年間で500億ユーロの節約は困難であるとしている。第1に失業減少に伴う失業保険コストの節約は構造的なものでなく,需給ギャップによる。第2に潜在成長率で算出した医療費,公務員削減効果,政府部門支出,地方自治体経費の節約についていずれも政府の削減予測は甘いと評価している。この違いが財政支出の乗数効果の5年間の違いになって成長率の落差となって現われるとしている。財政政策の調整,安定,配分の3機能の内,フランスの場合は,税収や社会保障給付が他の国よりも自動的に備わっていること,重税感は強いが所得の再配分機能が不平等の拡大をこれまでは防いできた。逆説的に言えば景気循環の変動に対する自動安定装置のために政府支出の抑制は一定の限度がどうしてもあるということである。

 マクロン政権登場後のGDP成長率を見ると,2017年度は2016年4四半期よりの景気拡大が継続し年率2.2%を達成したが,2018年に入ると景気は急降下し始めた。政府は「エア・ポケット」(trou d’air)のような一時的な急降下であると説明している。2017年は多くの調査機関によるとオランド前政権のCICEなどの供給ショックともされる大規模な企業向け租税特別措置等が功を奏したものであるという見解が多い。

イノベーション戦略を巡る成長率評価の落差

 さてフランスの潜在経済成長率はINSEEやOFCEなどの公的研究機関では2008年以前では約2%だったが,2017〜2020年には1.25%にまで低下すると計測されている。この低下の主たる理由は全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)の低迷である。TFPを引上げるには失業率を引下げ,生産性を引上げ,投資を増加させることが必要である。換言すれば労働改革とイノベーションを実行に移さなければならない。この考え方は基本的にコブ・ダグラス型の生産関数に基づき労働と資本の総量と質の相乗効果を技術進歩であるとする供給サイド重視の経済学である。確かに2017年6月にパリ市内東部にオープンした巨大なスタートアップ・キャンパス「スタシオンF」はデジタル産業約1000社が集結,日本にも是非,欲しいベンチャー・ビジネス旗艦基地である。マクロン大統領はサルコジ政権とオランド政権で行われたジャック・アタリ委員会と経済デジタル担当大臣としてすでに深く技術革新と規制緩和や自由化措置に関わってきた。従って2017年に登場したマクロン政権がその著書「革命」(Revolution)と銘打って掲げる構造改革はフランス語で言うところの「ルプチュール」,すなわちこれまでの政治との断絶,新たな時代を画するものであると言い切るには無理があると考える。敢えて革新的部分があるとすればその政治姿勢,その政策遂行の統治スタイルに彼の特徴を指摘できる。東京の日仏会館で「マクロン時代の第5共和政」と題する2日間にわたるシンポジウムにおいて会場にいた参加者からマクロンの政策がどうも首尾一貫してないように見えるのですが,改革を謳い文句にしたのによく見えてこないことについて質問があった。私はむしろ前政権からの継続であり,あくまでマクロン流の改革の総仕上げの段階と位置付けられるであろうと回答させていただいた。

関連記事

瀬藤澄彦

国内

欧州

最新のコラム