世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1251
世界経済評論IMPACT No.1251

マクロノミクスの評価と展望:前政権との違い対照的 実態は継続のなかの変化

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2019.01.14

均衡感覚,対立点に妥協を探る努力に特徴づけられた「オランディズム」

 マクロン大統領のマクロ経済政策をオランド大統領と比較すると対照的である。2012年に登場したオランド大統領について評論家エマニエル・トッドは,これまでの国民と決裂してきた政治から仲裁と妥協,欧州統合や経済政策についての姿勢などから,フランスで初めて社会民主主義的なリーダーとして「偉大な」大統領になる可能性があるとしている。「オランディズム」とは,均衡感覚,対立点に妥協を探る努力に特徴づけられる。社会民主主義はドイツや北欧諸国の社会主義政党によって政党名として使われてきたが,フランスでは存在しなかった。今日では中道左派の改革主義的な政治姿勢を意味し,市場経済原理を受容するものである。ジャック・ドロールは社会民主主義を政府と市場,経営者と労働組合の2重の妥協であると定義した。ピエール・モロワ元首相は「もともと社会民主義的であった」とし,リオネル・ジョスパンは現代社会主義とはシステムというよりひとつのインスピレーションであり,民主主義的,社会的な価値観から市場経済を人間に奉仕するために社会を調整するやり方であるとしている。フランスの日刊紙リベラシオンはオランド大統領の政策綱領を評して社会民主主義と形容し,そこでは①経済的効率が追求され,②国家政府による介入する役割が復活し,③社会的な協調が優先されると論評した。

 フランスのオランド大統領は「社会党2012年プロジェクト“変革”」や「フランスのための60の公約」の選挙公約やマニフェストのなかで,財政緊縮策をも包含した政策内容を盛りながら成長と雇用創出の路線にサルコジの減税と緊縮策の濃い政策を変更すると表明した。オランド政策のマクロン大統領経済政策との大きな違いは,合計360億ユーロの増税に対して小規模の支出削減60億ユーロを差し引いた300億ユーロが,企業と世帯に対するそれぞれ100億ユーロの増税負担に依存する歳入重視型の財政再建策であるいう点である。これは同じ社会党のミッテラン大統領時代の最初の1981〜82年度の大型景気予算とも違い,就任に伴うご祝儀予算やばらまき予算は影を潜めたのが特色であった。とくに初年度の予算では企業と高所得層に対する課税の強化が全面に出ている内容であった。

大幅増税・支出削減路線から大幅節税・大型投資支出路線へ

 マクロン政権の任期5年間の経済政策に相当する「2018年から2022年までの財政プログラム法」の要点は次の通りである。①経済の転換のための投資・イノベーション促進のための措置の実施(供給側刺激策):向こう5年で570億ユーロ相当の投資計画。金融所得に対する統一税率30%の導入,連帯富裕税の不動産富裕税への改組,法人税率の引下げ。②家計の購買力の向上のための措置の実施(需要側刺激策):住居税の減税,一般社会税の税率引上げにより財源確保して従業員負担分の健康保険料・失業保険料の廃止。③財政健全化の着実な実施(長期的EUマーストリヒト条約基準順守):財政赤字3%以内のEUの目標を2017年から達成。大統領任期の5年間で,債務残高対GDP比の約5%引き下げ,歳出対GDP比の約3%低下及び国民負担率の約1%低下を目標に設定。

 就任後1年半後,実行に移された政策は,SNCF(国鉄)改革 労働法改正,ノ‐トルダム・ド・ランド空港建設撤回,Parcoursup(大学入学振分け制度),PACTE法,健保保険料源泉徴収,住宅資産税撤廃,富裕税(ISF)の廃止,などである。

企業向け社会保険優遇税制を一般社会税に転換

 マクロン政権による企業向け租税優遇措置を狙ったCGS引上げと社会保険引下げ・法人税引下げは,前のオランド大統領の行った経済政策のなかでも最も大規模で「供給ショック」とさえ形容された競争力租税優遇企業融資(CICE)を改正し,それをさらに拡充させた大規模な企業よりの措置である。その内容は健康保険・失業保険料の被用者負担分(所得の3.15%)の廃止であるが,これによって,①法人所得増を反映する法人税の増収,②CSG(一般社会税)率を7.5%から9.2%へ1.7%ほど引上げによる財源の創出,この2つの措置によって歳入確保を見込んでいる。これは437億ユーロ負担増を強いることによって財源確保先行することによってEUの財政赤字3%以下目標を初年度より達成したいという予算編成当局の知恵であると言える。①+②で健保失業保険料率引下げの減収はゼロになるので全体で政府歳入初年度0.8ポイント悪化だが,以降毎年0.2ポイント改善,法人税GDP比率1.4ポイント・OECD平均よりかなり低いがCICE改廃で平均に。法人税33.3%から2022年25%に低下する。企業活動奨励の重要なマクロンの政策で,企業の増収に寄与する。これに伴い企業減税がCICEの改正という形で行われ,2019年1月1日より発効,社会保険事業主負担は6%引下げに変換される。これはSMIC(最低賃金)給与水準で最大10ポイントの保険料軽減措置にも相当するものである。

積極的な就労支援に比重を置く労働改革

 労働改革は過去の政権も手掛けてきた。直近のオランド政権時でも,M.サパンとE.コモリの両労働大臣の法案改正が紆余曲折を経て実施されてきた。マクロン大統領は従来からの改革案をさらに柔軟化の方向を明確にした。2018年1月1日発効の6つの行政委任立法(オルドナンス)は,不当解雇補償上限額の設定,外資系企業の経済的解雇条件の緩和,解雇不服申立て期間短縮,労使交渉の分権化,テレワークの促進など企業側の要請に応えるものであった。改革の焦点のひとつである解雇手当の上限設定はドイツ,スペイン,デンマークなどEU12カ国に比較されるものになるが,各国の事例研究によれば法律の変更よりも労働市場の変化が大きな影響を与えるという結果が出ている。

 このマクロンの労働改革をR.ブワイエが描く「フレキシキュリテ(flexicurite)の黄金のトライアングル」によって評価すると,雇用保護や寛大な失業手当よりも積極的な就労支援に比重が移っていることが読み取れる。かつてのように雇用か失業かというような2項対立でなく就労に繋がる人材養成や,労働モチベーションに重点を置く内容である。これはOECDなどが勧告している最近の世界的なトレンドである。

「中間層に反映されない購買力向上措置」(ピケティ)

 家計部門にマクロン政権が注意を払わなかったわけではない。住民税を3年間かけて段階的に撤廃する,社会的最低保証手当(minima sociaux)を引き上げる,何よりも健康保険失業保険料の被用者負担分を廃止する,などの中間階層以下の国民にたいして購買力の向上を狙って実施に移された。しかしながら2018年初に発表された富裕税(ISF:Impôt sur la Fortune)に代わる不動産富裕税(IFI:Impôt sur la Fortune Immobilière)の創設は,企業に対して不動産部門以外の分野に投資することを鼓舞しようとするもので,一般国民には資産課税を廃止する富裕者層への租税上の優遇措置であるとの疑念を抱かせることになった。従って全体として家計部門の購買力向上に果たしてどこまで影響があるかはピケティ教授の試算でも中間層には租税負担が依然として軽減されない内容になっている。これに拍車をかけたのはニコラ・ユロ環境大臣(当時)の環境対策「プラン・クリマ」(Plan Climat)において炭素税率2022年のトン当たり73ドルを30年には100ドルまで引き上げて地球温暖化2%以下にする目標の政策である。これは今回のジレ・ジョーヌ運動の発火点である自動車の燃料税のみならずスマート住宅促進による環境税制などに繋がり,低所得層には増税としての懸念が拡がったのである。この問題が去年8月の大物環境相ニコラ・ユロの突然の辞任を決定づけたのであった。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1251.html)

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