世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1222
世界経済評論IMPACT No.1222

長期化するタイ軍事政権

山本博史

(神奈川大学経済学部 教授)

2018.12.17

 皆さんもご存知のように,タイではバンコクを中心に大きな日本人コミュニティーも形成され,日本の東南アジアのおける企業活動が盛んな地域である。文部科学省の統計では,バンコクの日本人学校の生徒数は2600名を超え,最近上海を逆転して世界で最も規模の大きな学校となっている。日本とタイとの経済関係は良好であり,日本からのFDIもクーデター後の2015年から2017年のタイ投資奨励委員会(BOI)の申請ベースの数字をみると再び増加傾向にある。チャイナ・プラスワンの一翼としての役割,日系製造業の産業集積,2014年5月のクーデター以降の街頭デモなどの消滅に見られる政治的な安定,日本人にとって住みやすい生活環境が整っていることなどの要因から投資先として選択されているのであろう。しかしながら現在のタイの政治状況は軍による反民主的な抑圧体制である。軍政の意にそぐわない者には仮借のない政治的弾圧を加えている。研究者も例外ではなく,多くの研究者は国外に居住地を移さざるを得ない状況となっている。現在の体制を企業経営の立場からは政治的な安定ととらえる見方もあろうが,2014年5月のクーデター以後,言論が弾圧され様々な不満がマグマのようにタイ社会に沈潜しているように感じられる。

 このような政治状況の中,久しぶりに,タイの政治状況を伝える映画が日本で上映された。六本木ヒルズのTOHOシネマで11月2日に開催された第31回東京国際映画祭で上映された『Ten Years Thailand』である。今年は是枝裕和監督が『万引き家族』で21年ぶりに日本にカンヌ映画祭のパルム・ドールをもたらして話題になったが,この『Ten Years Thailand』を総括したアピチャートポン・ウィーラセートタクンも2010年タイ映画史上初めてパルム・ドールを受賞している。受賞作の『ブンミおじさんの森』は東北タイの方言を使った作品で,ラーオ(ラオス)文化を色濃く反映させた作品であった。タクシン派と既得権支配者が2006年クーデター以降のタイにおける政治的対立軸であるが,タクシン派(反軍政)の中心は東北タイの中下層の農民層であるが,この人たちの多くは現在のラオスからの強制あるいは自発的な移住者の末裔である。彼らの誠実で純朴な人柄から,研究者の間ではこの地域での研究活動は,人間関係の上では問題となることが少なく,調査が行いやすいといわれている。私も,入れ墨をした怖そうなお兄さんたちの人柄に触れ,個人的な利益ばかり考える自分が恥ずかしくなった経験がある。

 『Ten Years Thailand』はアピチャートポン監督の支援を受け,新進気鋭の若手監督を交えた4名の監督が政治的メッセージをもって描いた作品であった。アジア経済研究所に来ておられる,アメリカ最大のアジア関係の学会であるアジア研究協会(AAS)元会長であるトンチャイ先生も一見の価値ありと評価されている。タイでの上映はむつかしく,政府から弾圧を受ける可能性があるにもかかわらず,政治的な作品としてあえて制作された,『Ten Years Thailand』には現在のタイ社会への危機感が現れている。

 早ければ来年2月には総選挙が予定されている。クーデター政権により上院を任命制に変え,首相の民選規定を変更し,憲法裁判所などの民主主義制度と対立する独立機関の権限を強めた憲法下での選挙であるが,「民政」へのタイ国民の期待の高まりを感じる。タイの民主化復帰への一歩となることを期待したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1222.html)

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