世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1203

BREXIT後の英国農業のゆくえ

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2018.11.12

 2018年10月に開催された日本国際経済学会全国大会で,BREXITと英国の農業政策に関する論文の討論者を務めた。この研究は,BREXITが様々な面で英国農業に与える影響とそれに対する英国政府の政策方針を丹念に追ったものである。BREXITに関しては,とかく金融や製造業の問題が前面に出がちであり,GDPの0.5%程度の農業は大きく取り上げられることはないが,国の重要政策という点では農業政策も見過ごすことはできず,日本の農業政策を考える上でも参考とすべきところは多々あるだろう。本稿では,EUの共通農業政策を振り返るとともに,英国がEUの共通農業政策からどのように脱し,どのような方向に向かっていくのかを見ていくことにする。

 英国農業は,1973年の欧州共同体加盟以来,半世紀近く共通農業政策の枠組みの中で営まれ,少なくともBREXITの移行期間が終わる2020年12月31日まで継続する。共通農業政策は,もともと消費者への食料安定供給と生産者の保護を目的としていたものである。域内の農産物価格を安価な世界価格より高い水準に設定し,差額を課徴金として輸入時に上乗せし,輸出に際しては世界価格と域内価格の差額分を補助金として払い戻しをすることで,農業生産者の生活の安定を図った。また,条件不利地域に対しては直接所得補償も行っていた。このような政策のもとで食料は順調に増産されたが,やがて域内での過剰生産や環境悪化が問題視されるようになった。大幅な需給の不均衡を解消するため,1980年代以降は農産物支持価格の抑制や生産割当が行われることとなった。

 このような中,GATTウルグアイ・ラウンドでは,農産物に対する輸出補助金が問題とされた。これを受けて,域内で設定する農産物価格のさらなる引下げが行われ,それによる農業生産者の所得減少を補償するために,生産調整を条件に生産水準に応じた補助金の直接支払い制度が導入された。しかし,生産水準に応じて所得補償を行ったことにより,条件不利地域の農家が所得減少に見舞われ,EUは農業政策の転換を図った。すなわち,農業の環境保全機能の重視と競争力の改善や農村経済の多様化を推奨する条件不利地域の開発へと転換を図った。今日では,一定の環境保全機能を満たすことを条件とした農家への直接支払いと,農村の経済多角化を推進する農村振興政策の2本建てになっている。

 では,BREXIT後の英国の農業政策はどのようになるのだろうか。キーワードはGREEN BREXITである。まず,所得補助については納税者の理解を得られないとの見解で,与野党ともに廃止の意向である。一方で,補助金を与えるならば,その正当性は,農業が水・空気・土壌・生物多様性など公共財としての環境を提供している限りにおいてであるという考え方を前面に押し出している。また,制度変更をスムーズに行うために所得補助を廃止するまでの移行期間を十分設けて,非効率な補助金制度から公的資金を提供するに値するような公共財にのみ支払われるような農業助成手法に変更するとの方針を示している。

 このように,市場介入を極力なくし,市場の失敗のあるところにのみ政府の介入が入るべきという考え方は,経済学者にとっては明快でなじみのあるものである。その点で,英国は,効率性を追求しつつ,環境保全としての農業を徹底する道を選んだと言える。だが,環境保全的な農業を振興するという観点では,基本的な方向性はEUと変わらないように見える。もともと補助金の直接支払い制度は,EUでも一定の環境保全機能を果たすことを条件にしていたわけである。英国政府が設定する環境保全水準が仮にEU基準と一致していれば,現行の所得補助の名前を変え,与える主体がEUから英国政府に変わるというだけで,実質は何も変わらないことになる。しかし,GREEN BREXITを掲げているからには,EU基準より厳しい助成条件になることは予想されよう。

 しかしながら,BREXITそのものさえどこに行き着くのかはっきりしない現時点では,BREXIT後の農業政策を正確に見通すことはできない。そうであるがゆえに,BREXIT後の英国の農業政策が具体的にどのようになされるのか,その結果,英国農業はどのようになるのか,目が離せないことになりそうである。

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