世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1177

モンゴル・中国・ロシア3カ国経済回廊とデ・ファクト経済連携

茂木 創

(拓殖大学国際学部 准教授)

2018.10.08

 今夏,モンゴル・ウランバートル郊外のツーリスト・ゲルに宿泊する機会を得た。朝焼けに照らされた地平線の彼方まで続く丘陵地帯と,それに接する青い空。この地は,北にロシア,南に中国という大国に挟まれた地政学上の要衝である。この大地に立って,モンゴルでいま何が起きているか考えてみた。

 モンゴルは,300万人ほどの人口の約半数が首都ウランバートルに集中する国家である。このため,2時間も郊外に車を走らせれば,人影もまばらである。幹線以外の道は舗装されておらず,点在するゲルとヤギや羊の白さが緑に映える,美しい自然に恵まれた国でもある。国土は日本の約4倍に達し,銅,石炭,鉄鉱石,金,ウラン,レアアースなどに関しては,世界屈指の埋蔵量を誇るという。輸出額の8割を占める鉱物資源と,カシミヤ・革製品などが主要産業であり,中国に6割,ロシアに1割が輸出されている。

 自然と資源に恵まれたモンゴルにも,中国による「一帯一路」戦略は着々と進められている。年5%程度の安定成長を続けるモンゴルにおいて,インフラ整備は喫緊の課題だからである。モンゴルは,1990年に市場経済が導入されたものの,急速な都市部への人口流入に対して,インフラ供給が追い付いていない。老朽化した住宅や集中暖房の配管は社会主義時代の遺物も多く,新設・交換は遅れがちである。また都市の慢性的な交通渋滞は年々悪化しているようにも見える。

 「車に乗ると間に合わない」

 これはウランバートルの交通事情を表す言葉である。地方と都市を結ぶ主要幹線の整備,鉄道網の敷設などにも課題は山積している。

 2014年にモンゴルで策定された「草原の道」構想は,モンゴル国内における高速道路や送電線網,パイプラインの敷設などを含む大規模なインフラ建設プロジェクトである。2016年6月23日,このモンゴル「草原の道」構想に「一帯一路」構想を接続させ,3か国間に跨る経済回廊(モンゴル・中国・ロシア3カ国経済回廊)を創設するための行動計画がモンゴル・中国・ロシアの各国首脳によって承認された。

 もちろん日本とモンゴルの間においても,経済連携協定の発効に向け,長い時間をかけて協議が重ねられてきた。3カ国経済回廊構想の承認に先立つ2016年6月7日,日本とモンゴルの間には経済連携協定(日蒙EPA)が発効され,日本からの新車輸出など即時撤廃が輸出品の約50%,10年間で約96%まで拡大されることになった。

 しかし,ここにきて,中国のモンゴルへの積極的な接近が目立つようになっている。今年(2018年)8月には,中国の王毅外相がモンゴルのバトトルガ大統領はじめとする要人と会合を持ち,3カ国経済回廊建設の推進に加えて,貿易・経済,文化,教育,医療といった各分野での協力を行うと発表,モンゴル・中国自由貿易協定(FTA)締結を含めた研究を開始することも明言された。また,9月12日にはロシア・ウラジオストクにおいて,中国の習近平国家主席がバトトルガ大統領と直接会い,経済回廊の建設推進と地域の共同発展を促進することを明言している。

 中国,ロシア経済への過剰な依存から脱却し,「第三の隣国」政策として日本はじめ西側諸国との関係を強化してきたモンゴル。日蒙EPAもその一環ではあるが,中国とロシアに国境を接しているという根本的な地理的制約を覆すことは容易ではない。

 2017年の日本からモンゴルへの輸出総額は3億6,315万ドルであるのに対し,日本のモンゴルからの輸入総額は1,482万ドル。日本の主要輸出品目は自動車であるが,モンゴルからの輸入品目は石炭をはじめとする鉱物資源である。ともにその重量は重い。

 今後,日蒙EPAが活用されるに伴って,これらの貿易額は増加することが予想されるが,輸送に際しては,中国ないしロシア国内を,陸路搬送せざるを得ない。中国やロシアを経由することで,輸送費用がかかるうえ,中国からモンゴルへ鉄道輸送する際には荷物の積み替え作業も必要となる。輸送費用の存在は,EPAによる日本のメリットを相殺しかねない。さらに言えば,「一帯一路」構想で進められるインフラ整備によって,日蒙貿易の主導権を中国に握られる可能性も低くはない。インフラを通じた,デ・ファクト(事実上)の経済連携がモンゴルと中国,ロシアの間に構築されつつある現状に鑑みれば,むしろ,インフラ開発を進めることによって,豊富なモンゴルの鉱物資源を安価に輸入し,もって自国の成長に資する大国の思惑は明白だからである。

 モンゴル経済にとって望ましいインフラ整備とは何であろうか。それはモンゴル国民の利益になるインフラである。大国に利をもたらすインフラ整備を行えば,モンゴルはその資源の豊富さゆえに工業化が進まず,慢性的な高失業率と,資源価格の変動に苛まされよう。いわゆる「資源の呪い」である。

 モンゴル・中国・ロシア3カ国経済回廊が構築されつつある今日,日本は,日蒙EPAのみならず,これまで通り,技術協力,政府開発援助(ODA)などを通じて,長期的に友好な経済関係を構築する必要がある。その意味で,現在,日本の円借款事業として進められている「新ウランバートル国際空港」の建設は,モンゴルの空の輸送能力を高めるものとして注目に値する事業である。大型旅客機,貨物機などが発着可能な空港の建設は,モンゴルにとって中国・ロシアへの過剰な依存を回避し,「第三の隣国」をより近くにする,いわば地理的制約を緩和するプロジェクトである。EPAといった制度的な貿易協定はもちろんであるが,「デ・ファクト経済連携」を技術支援や援助によって構築していくことは,今後の日本,モンゴル両国のみならず,北東アジアの平和と安全にも資すると期待される。

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