世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1167

OECDはどこに:国際機関の自己刷新

安部憲明

(外務省経済局政策課 企画官)

2018.10.01

 昔,立川談志師匠は,高座でよくぼやいていた。あたしなんざ,駅前のパチンコ屋とおんなじでね,あたしを追っかけてくる客と,何もわかっちゃいない客と,玄人も素人もみんな一緒に満足させなきゃいけないの―。

 経済協力開発機構(OECD)も,同じところがある。専門分野をとことん深掘りする一方,知的な厳密さを多少犠牲にしても,世の中の役に立とうと分かり易い説明に努めている。「ひと目でわかる教育(Education At A Glance)」,「ひと目でわかる健康(Health At A Glance)」などの冊子は,その元になっている肉厚の報告書とは打って変わって,多彩なグラフや写真が満載だ。玄人客には,「最近,ちょっと軽いんじゃないの」と眉をひそめる向きも多いかもしれない。

 10月に入り,欧州の国際機関にもバカンス明けの活気が本格的に戻ってきた。パリに本部を構えるOECDは,パリを縁どる環状線の西側に接する瀟洒な洋館だ。毎朝,地下鉄の最寄りのラ・ミュエット駅から地上にはき出される人波にもまれて,よく「OECDの建物はどこですか」と道を聞かれた。通勤時は,こちらも今日の予定で頭が一杯だ。そこで,筆者は,仕方なく「あそこ,黒いスーツケースを引いているあの人。今日のプレゼンで頭が一杯で脇目も振らずに小走りで歩いている,あの方について行けば,そこがOECDです」と答えた。ところが,一枚上手の訪問者がいて「わかりました。で,旦那,そのOECD自身は一体どちらへ?」と聞かれたら,どうだろう。駅からたった5分の道案内を引き受けながら,筆者なら,4つのキーワードを使って,こう答えようと思う。①「シンク(考える)タンク」から「ドゥー(行動する)タンク」への脱皮,②脱「先進国クラブ」,③「ナエク(NAEC)」,④より良い生活のためのよりよい政策,という4つのことばだ。

 「今のOECDは,文句なしに面白い。存在意義をかけた岐路にあるからです。OECDが旗印として掲げてきたグローバリゼーションは,いまや不公正や不正義の代名詞。そして,多国間協調は,米政権によって大混乱。OECDは,自己刷新のために日々闘っています。そこで,OECDは,どこに向かっているか。

 第1に,従来の「シンク・タンク」から「ドゥー・タンク」への脱皮に必死です。頭だけじゃなく,現実の問題に処方箋を書き,国際社会に具体的な行動を促すことが出来るか。ここに,勝負をかけている。例えば,デジタル経済の隆盛著しいこのご時世,グーグルやアマゾンなどの多国籍企業が収益を移転させ,本来税収を上げるべき国の税源を侵食している問題。大企業への納税者の反感や「取りっぱぐれ」をみすみす許している政府への不信感は,もはや一刻の猶予もありません。そこで,OECDは,税務当局間の情報交換や租税権限の調整のためのルール作りを先導しています。ほかにも,補助金などで下駄を履いた中国などの国有企業が,安い鉄鋼を過剰に供給して世界市場を歪めている問題。主要20カ国(G20)首脳会議の合意に基づき,中国に時々にらまれながらも,関心国会合を事務局として切り盛りし,問題解決に汗をかいています。

 第2は,脱「先進国クラブ」の動き。2000年に世界のGDPの6割を占めたOECD加盟国の割合は,2030年には4割まで落ちると予想されています。「新興国が参加しない国際協調や制度に意味があるのか」という問いかけに,国際ガバナンスの屋台骨を支える国連や世銀・IMF等がそれぞれの形で応えてきた。これに対し,OECDは新興国の取り込みに立ち遅れたとの反省と焦りがある。ご存じのとおり,OECDは,1961年,欧米20カ国を原加盟国として発足したわけですが,その後,自由,民主主義及び市場経済という基本的価値を共有しつつ,地理的にはアジア太平洋や中南米にも拡大し,経済発展の状況も異なる37カ国が加盟する実に多様性に富む機関となりました。日本が加盟したのは,東京オリンピックの1964年です。いま僕らの横を追い抜いた一団,中国語を話していたのに気がつきましたか。中国は,OECDに加盟していません。けれども,非加盟国は,いわば「準会員」の資格でさまざまな専門委員会に参加するほか,「キー・パートナー」(中国,インドネシア,インド,ブラジル,南アの5カ国ですね),東南アジア,中南米や中東北アフリカなどとの「地域プログラム」などを通じてOECDと協力を深めている。OECDは,来る者は拒まずの姿勢で,グローバルな有用性や影響力,さらには正統性を高めようというわけです。

 3つ目は,「ナエク(NAEC)」というOECDの新機軸。New Approaches to Economic Challengesの頭文字です。そう,ギリシャ神話で勝利の女神ナイキ(そう,スポーツ用品大手のそれ。日本語では「ニケ」と呼ばれることが多いですよ)に似た響きですね。でも,まだまだ市民権を得ているとはいえません。デジタル化やグローバル化,移民や高齢化,気候変動などの分野横断的なテーマについて,OECDの専門的知見を総動員するアプローチです。OECDは1700人もの専門家を擁するマンモス組織ですから,蛸壺にこもり,集団視野狭窄に陥る危険とは常にとなり合わせです。また,分野毎には正しくても,束ねてみると全体として一貫性を欠くのでは,せっかくの政策提言も効果半減です。いまほど,持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動など,政府のみならず,企業や市民団体,個人一人ひとりの取組が重要な時代はない。アンヘル・グリア事務総長は,ナエク事業を通じて,OECDが得意とする「分析」と同じぐらい「統合」の作業方法を重視し,これをOECDの組織文化として定着させたい考えです。物事の全体の絵柄,言ってみれば,地球規模の課題にすべての関係者が一緒に取り組むための共通の「作戦図面」を描いてみせようと懸命なのです。ナイキがナエクの勝利に微笑むことを願いましょう。

 最後の点は,OECDが掲げる人間中心主義です。建物に入ると白い壁に青と緑に縁どられた「Better Policies For Better Lives(より良い生活のためのより良い政策)」というロゴを多く目にするでしょう。「より良い生活」という言葉には,GDPなどの指標化に馴染む物質的な豊かさだけではなく,人生の各段階における自己実現こそを豊かさ(well-being)の本質ととらえ,そのための人間一人ひとりの能力開発とそれを可能にする環境整備に力点を置くOECDの基本姿勢が集約されている。こうなると「Better Lives」は「よりよい人生」と訳した方がしっくりきます。おっ,今日も門前市をなしていますね。身分証を準備してください。さあ,着きましたよ。グッド・ラック。いい議論が出来るよう祈っています。

 今夕,会議の熱気を後にして,初秋の冷気に襟を立てて家路につくこの人が,次にOECDに来る時には,きっと,また道を聞くことになるだろう。いや,そう願う。今後,OECDが,世の中の役に立つ国際機関として生き延びている限り,決して現住所には留まってはいないだろうから。

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