世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1122
世界経済評論IMPACT No.1122

トランプ流ディスラプション

三輪晴治

(エアノス・ジャパンGK 代表取締役社長)

2018.07.30

トランプの錯乱的言動

 10日ばかりアメリカに出張して,世界を眺めてみた。これまでには考えられなかったことが起こっている。トランプ大統領の言動である。ドナルド・トランプは,うつけものものふりをする織田信長か,あるいは本当の狂人なのだろうか。アメリカでは,連日トランプは狂人だ,精神病だ,アメリカ大統領としてあるまじき言動で,アメリカを潰してしまいそうだ。弾劾も考えるべきだと連日のテレビやTwitterで批判されている。丁度私が出張中にトランプがヨーロッパへ訪問した時の各国でのトランプの言動は更に混乱を巻き起こし,批判を浴びた。トランプはアメリカの知識人からも厳しい批判の矢を受けている。しかしトランプ自身は全く気にしていない。しかし織田信長の「うつけもの」という振る舞いとは違う。トランプは何をしようとしているのであろうか。

国際社会の制度疲労

 アメリカは,1990年以来の製造業の産業力を低下させて,貿易赤字を累増させているが,トランプ大統領の言うように,アメリカはこのまま貿易赤字を続けることはできないし,覇権国だとして鷹揚に構え続けることはできない。オバマはそこで「チェンジ」と叫んで,変革しようと宣言したが,何も起こらなかった。

 これまでの戦後のブレトンウッズ体制,GATT,WTO,IMFなどの国際的な仕組みは,アメリカが世界の中で圧倒的な経済力を持つことを前提にしてつくられたものであった。つまりアメリカの莫大な経済力をもとに,他国を自分の陣営に固定するために,多くの資本を投下し,金を使ってきた。世界の警察の役も多大の金がかかっていた。アメリカは,自分の経済力の衰退で,それが出来なくなってきた。トランプは,今の仕組みは他の国のためにアメリカが大枚を払わされ続ける仕組みになっていて,それを変えなければならないと本気で思っているようだ。こうした考えでトランプはこうした言動をしているのである。

 つまり,アメリカの衰退,グローバル化の行き過ぎが,これまでの国際経済の仕組みでは旨く行かず,その「制度疲労」を何とか修復しなければならない時に来ており,これをトランプが,「アメリカ・ファースト」と言いながら,変えようとしているのではないかと思う。EU自身もその経済的・政治的な構造に欠陥を持っているのだが,誰もそれを正そうとしていない。日本も,別の意味でもともと資本主義経済社会としての活力のない構造で,長期停滞に陥っているのに気づいていない。能天気にも,国を挙げてカジノを造る造らないで騒いている。

 近年の技術的,経済的な土台の変化の中で,こうした世界的な経済社会の制度疲労が起こっているのであるが,それを修復しなければならない時に来ている。そしてグローバル化の行き過ぎを是正しなければならない。アメリカ自身の「制御装置」の破壊の修復も含めて,これをトランプは模索しているのではないかと思われる。トランプがこのことを正しく理解しているとは思えないが,本能的に動物的感覚で,何とか修正しようとしているように見える。その方向を,いろいろの利害関係者に暴言に近い本音で脅しをかけ,その反応を見ながら探っているのではないだろうか。

 トランプは,暴言のように,セルフィッシュに直言する。しかも土建屋的な第六感で動き,相手の出方によってはすぐ前言を翻して,引き下がるか,訂正する。土建屋の「押して駄目なら引いてみろ」を地で行っている。彼は失う面子など持っていない人間である。こうしたトランプの動きは,意外に新しい道を探す良い探索,交渉の方法なのかもしれない。これまでこのような振る舞いをする大統領はいなかった。こういう制度疲労した,混乱の時代において,それを是正するには,こうした言動が有効なのかもしれない。

ハイテク覇権戦争を仕掛けている

 これからは古い産業が衰退し,世界はハイテク,サイエンスの開発競争になる。特に中国がこの方向で国を挙げて推し進めていることに,危惧して,トランプはハイテク覇権戦争に挑んでいる。そこでは特に中国がIP,知的所有権を無視していることに対して,中国を攻撃しているのである。単なる関税戦争,貿易摩擦戦争ではない。関税の引き上げはその暴言の一部であり,関税の引き上げはアメリカ自身も損をすることはトランプもよく分かっている。日本は,このことが分かっていないし,日本はこの「ハイテク・サイエンス覇権戦争」の埒外に置かれていることに気付かなければならない。

戦争屋の排除

 今までアメリカが悪の中枢と言ってきたロシア,中国,北朝鮮を同胞として手を組もうとしている。これまでの戦争は,外に敵を設定して,その時の政権を維持するためにすることが多い。「戦争仕掛け屋」というものがいて,どこかの国と国で戦争をやらせて,それで儲ける輩である。国民大衆にとっては戦争で何も得るものがなく,社会的には経済,富の損失である。儲けるのは戦争屋である。日本もその戦争屋に牛耳られてきた。良いことに,トランプは土建屋の商売人であるから,戦争は好まないようだ。彼は,日本にたかっていた戦争屋を含めて排除しているようだ。

 1989年のベルリンの壁の崩壊で,アメリカの敵であったソ連が崩壊したが,最近ロシアが,自分の生き残りのために,ヨーロッパのあちこちで戦争屋のような動きをしてきている。そのために国際社会が混乱してしまい,難民,テロが生まれている。しかしトランプは,これまでのようにロシアを叩くのではなく,ロシアと北朝鮮をこちらの舞台に引き込もうとしているように見える。今世界で難民の問題が深刻な問題として浮かび上がっている。しかしこの問題は,できるだけ多くの国が難民を受け入れるかどうかという問題ではなく,難民になることを防ぐことを考えなければならない。難民も自分の国を出ていくのは悲しいことである。これは戦争屋の仕業と世界的な経済の停滞による国民大衆の貧困から起こっているのだ。そこを絶たなければならない。

金権政治を敬遠する

 トランプはこれまで土建屋ビジネスで儲けてトランプタワーを建てたが,アメリカの悪質金融資本家の儲けに比べると,トランプの儲けはごみのようなものである。そのため彼は基本的には悪質金融資本とは一線を画しているようだ。悪質金融資本家はグローバル化を使ってぼろ儲けをしてきた。つまり今はグローバル化の行き過ぎを是正しなければならない時だ。保護主義ではない。トランプは保護主義が経済をだめにするということぐらい学校で学んできた筈である。

 これはトランプの本意であったかどうかわからないが,トランプは「国民中間層を救う」ということで大統領になった。一部のエリート,金融資本家による金権政治で国民の富が収奪されたが,その国民大衆の貧困を救済するというのだ。金権政治のエリート層に立ち向かうには,うつけものをよそう必要があった。

 これから中国が世界の覇権国になるまで,トランプは,アメリカが世界で突出した経済力を持っていないことを前提として,世界経済の新しい秩序を造ろうとしているようだ。重要なことはグローバル化の行き過ぎでの是正である。しかも戦争屋の仕掛けを排除することである。うつけもののトランプがそれを実現しようとしているのであろうか。それならわれわれもトランプを応援しなければならない。だがトランプが本当のうつけものであるかもしれなが,誰かが,現在の世界経済の仕組みをここで見たように変えていかなければならないと考える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1122.html)

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