世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1105
世界経済評論IMPACT No.1105

Brexit後の英金融街シティの姿:EUは着々と域内単一市場から切り離す準備を進める

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2018.07.02

 EU離脱を決定した英国の国民投票から既に2年が経過しているにもかかわらず,Brexitを巡る英国とEUの交渉は未だ混迷の只中にある。英国を特別扱いしないというEUの方針が揺るがない一方,基盤の弱いメイ英政権は,強硬離脱派(主に政府内)と穏健離脱派(主に議会内)が拮抗する国内の意見を集約できていない。EUは移行期間を設けることもあくまで暫定合意と捉えているため,離脱通告から2年後の19年3月に,経済関係にかかる取り決めを欠いたままBrexitが実現するcliff edgeの可能性は残っている。

 Brexit後のEUとの経済関係について,英国は,自由貿易協定(FTA)を基本線に考えている。しかし,EUの方針や慣行に照らして,FTAに金融サービスが含まれる見込みは乏しい。したがって,金融サービスに関して,英国は域外国(第三国)として,欧州委員会による規制・監督等の同等性認定を条件に,EUの単一市場に限定的なアクセスが認められるに過ぎなくなるであろう。加えて,EU側の対応がBrexit後の英金融サービス産業の姿に大きな不透明感を漂わせている。

 17年9月,欧州委員会は,同等性枠組みの厳格化等に関する立法提案を公表した。ここでは,同等性を認定した後,体系的なフォローアップを行ってこなかった運用に鑑み,同等性認定を受けている第三国の規制,監督および金融機関の遵守状況を定期的にモニタリングすることなどが欧州監督機構(ESA)に義務付けられている。その上で,欧州委員会は当該第三国の状況に応じて,これまでよりも柔軟に同等性認定を撤回できる旨が規定されている。

 当該立法提案は,既存のEU規則および指令を改正するものであるため,通常の立法プロセスに則り,欧州議会と閣僚理事会で審議されている。欧州議会では,18年4月に経済・金融委員会(ECON)のHayes議員が当該立法提案を基本的に支持する報告書案を第一読会に提出した。Hayes議員は,メディアとのインタビューにおいて,「Brexitを控え,同等性枠組みを根幹から見直すべき時がきた」と述べている。同報告書案は,18年9月に欧州議会での票決に付される予定である。

 17年6月,欧州委員会は,ユーロ建て金利デリバティブ取引等の大半が英国のCCPに清算されている現状を踏まえ,EUの金融システムに特に重大な影響を及ぼし得る第三国の中央清算機関(Tier 2 CCP)の監督強化等を企図した立法提案を公表した。ここでは,Tier 2 CCPに対して,EU機関が直接監督できるほか,これらが必要と認めた場合,EU域内へ移転するよう命令できるとされている。当該立法提案は,同等性枠組みの厳格化提案と同様,欧州議会と閣僚理事会が最終化を担っている。

 欧州議会は,CCPの移転命令権は政治的な動機で発動すべきではないと留保しつつ,18年5月にこれを残すかたちでスタンスを固めた。今後は閣僚理事会が当該提案に対してどのような立場を取るのかが注目される。ドイツやフランスが清算ビジネスを自国に呼び込もうとしている中,閣僚理事会は欧州議会と比べ国益を前面に出す傾向が強いため,欧州委員会の原案より更に第三国CCPに厳しい方向性を示すことも考えられる。

 こうした状況を総合すると,Brexitを通じたシティの地盤沈下は免れないであろう。英国がEU単一市場へのアクセスを完全に失うハードBrexitは,シティの経済規模を15−25%縮小させる,という調査機関の試算もある。一方,EUは,ハードBrexitに伴う経済的損失を甘受可能と見極めた上で,これを資本市場同盟等の域内統合深化に向けた動機付けなどに利用している面がある。

 EU側の立法措置は,一義的には英国を念頭に置いた対応であるものの,第三国全体に外部不経済を及ぼす。このため,日系金融機関のEU金融市場におけるリスクは特段意識されていないにもかかわらず,日本は巻き添えを食っている。更に,ハードBrexitは,市場や規制の分断に伴う流動性プールの減少を通じて,グローバルな金融取引のコストを上昇させる。Brexitは,英国とEUにとってのみならず,あらゆる第三国にとっても不利益が大きいlose-lose-lose gameと呼べる。

 18年4月,英中銀とECBは,英政府と欧州委員会による将来の経済関係構築に関する協議とは別に,cliff edgeから生じ得る監督上の技術的な問題を協議する目的で,共同作業部会を設置すると公表した。両監督当局間で,相互の信頼に基づき,Brexitの痛みを緩和するような協力関係が合意されれば,国際社会にとって望ましいことである。もっとも,当該作業部会の役割は限定的であるため,余り大きな期待を持つべきではない。日本も,最悪のシナリオを用意した上で,Brexitがグローバルな金融セクターに対して直接的・間接的に及ぼす影響を慎重に評価するとともに,適時に対応していくことが求められる。

 

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(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1105.html)

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