世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1088
世界経済評論IMPACT No.1088

米朝首脳会談を巡る諸問題とアリソンの「決定の本質」

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.06.04

 米国トランプ政権は,6月12日開催予定だった米朝首脳会談を,5月24日に突然キャンセルすると言い出した。ところが翌日になって再び会談を行う方向で動き始めた。

 この問題を,まず国際政治学と危機管理論の古典的名著グレアム・アリソンの『決定の本質』で提唱された“第3モデル”で分析して見よう。この“第3モデル”とは,超単純に言ってしまえば,官僚のマニュアル通りにしていたら,核戦争に発展していた可能性のあるキューバ危機を,JFK政権の閣僚達が,個人ベースで動くことで,危機を回避したことを理論化したものだ。

 この見地から今回の諸問題は,いかに分析できるか? 米国メディアの報道を参考に,トランプ政権内部の状況を見てみよう。

 もともと対イラン強硬派で,イランとの二正面作戦を避けたい考え方が強く,また米朝和解を歴史的手柄にしたいポンペオ国務長官が,この首脳会談の準備を進めていた。そこへ同じ対イラン強硬派でも北朝鮮とも安易な妥協をすべきでないと考えるボルトンNSC担当補佐官が「リビア方式」という表現を使った。すると北朝鮮から強い反発が起きた。そこで恐らくポンペオ長官のアドバイスを受けたトランプ大統領が,一旦は「『リビア方式』を否定する」と発言した。しかし政権内部の和を尊ぶペンス副大統領が,ポンペオ,ボルトン両氏の調整のため,「リビア方式」という表現を再び使って見た。すると北朝鮮から更に反発が来た。そこでトランプ氏も一旦は米朝首脳会談のキャンセルを言い出した。

 以上のように理解することが可能だろう。では北朝鮮は何故このような反応をしたのか?

 そもそも「リビア方式」という表現に厳密な定義があったのか? 確かにリビアは大量破壊兵器を放棄した8年後にカダフィ指導者が米国が支援する反政府派に殺害されている。だが,それは米国との和解で国が豊かになり,ネットの発達で国外事情に触れられるようになった国民が,外国と同じ自由を求めて反乱を起こしたためだ。米国と和解して国内が豊かになれば,どこの独裁国でも起こりうる現象だった。それは北朝鮮も理解し自国民を抑圧する力を温存することは考えていたのではないか?

 その北朝鮮が何故ある段階から過剰反発して見せたのか? それは中国の圧力だろう。

 ここからは国際政治学の“力の均衡”論で考えてみよう。

 私はロシア系ユダヤ人が多くなったイスラエルが,エルサレム首都宣言と引き換えに,イラン封じ込めのために米国は中東方面に専念してもらうためにも,ロシアへの影響力を使って北朝鮮に米朝首脳会談に応じさせたのではないかという仮説を今まで書いて来た。この仮説から見ると米露と北朝鮮の“挟み撃ち”に会うことを恐れた中国が,金正恩を二回も呼びつけて圧力を掛けた。そこで北朝鮮は米国に対し過剰反発を演じて見せざるを得なくなったのではないか?

 そこでトランプ氏も一度は米朝会談キャンセルを言い出した。それが一夜で逆転したのは,やはりロシア系ユダヤ人のロシアを通じた北朝鮮への影響があったのかも知れない。

 実は米朝会談キャンセル宣言の数日前にロシア系ユダヤ人脈のクシュナー顧問がセキュリティ・クリアランスを完全回復していた。彼はロシア疑惑関係で,特別検察官の追求を受けており,真の完全復活は簡単ではない。だが対外的影響力は回復しつつあるのかも知れない。

 だが今回はクシュナーもイスラエルもロシアも動いていない可能性も時間的な関係を考えるとあると思う。

 つまりトランプ氏の交渉術が成功し北朝鮮も対話に戻らなければならなくなったのではないか?

 トランプ氏の交渉術は確かに理性的なものではない。しかし,それは彼の波乱万丈の人生によって磨かれたものだ。理性的な専門家外交より優れているかも知れない。

 今までワシントンの官僚が行って来た専門的行政が良い結果を生まなかった。そこでトランプ氏が必要とされた。

 そもそも欧州大陸の理性主義思想に対し,経験則や直観を重んじるのは米英文化の特徴だった。トランプ大統領は,そのような深い背景から出て来た。単なる異常現象だと考えるのはおかしい。理性主義より良い解決に向かって進んでいるとも考えられる。

 トランプ氏の反理性的思考とは経験則や直観で理性では見つけられない具体的解決策を見つける部分が大きい。そのため北朝鮮との宥和政策は,このまま進む可能性が高い。少なくともイランの処分が終わるまで…。

 それなら日本は,北朝鮮が長距離ミサイルや核兵器廃棄の代わりに数百発の日本まで届くミサイルの保有を許容されるような事態だけは避けなければならない。それには私が今まで述べて来た諸勢力が織りなす“力の均衡”論を理解して積極的に関わるしかない。

 具体的には(アリソン“第3モデル”に立ち帰れば)当面はクシュナー顧問の動きに注意した方が良いと思う。彼の力が部分的にでも回復して行けば,イスラエル,イラン,ロシア,北朝鮮といった国々との関係性には,ペンス,ポンペオ,ボルトンといった人々以上の影響力を彼が持つ可能性が低くないと思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1088.html)

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