世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1034

高まるイタリア財政への危惧:財政規律を巡るEUとの軋轢が域内のリスク要因に

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2018.03.19

 3月4日にイタリアで総選挙が実施され,過半数の議席を獲得した政党がなかったことから,ハングパーラメントの状態となった。今次選挙に先立つ選挙法改正時から予想されていたこととはいえ,同国における政治空白の長期化が懸念されている。しかも,現与党の中道左派・民主党が大敗した一方で,極右政党の「同盟」を含む中道右派連合やポピュリスト政党の「五つ星運動」が躍進したため,新政権での諸政策は従来から大きく見直される可能性がある。

 既に連立政権樹立に向けた協議が進んでいるものの,それが失敗した場合の再選挙や少数与党政権といった選択肢も含め,今後の展開は予断を許さない。まずは,マッタレラ大統領がどの勢力もしくは党に組閣を要請するかが注目される。

 こうした中で,財政政策については特に注意する必要がある。本年度予算は既に成立しているため,多少の政治空白が生じるとしても,当面の財政運営上,直ちに大きな支障が生じることにはならない。それよりも,各勢力の示したバラマキや減税に関する公約がどの程度実現するかの方が懸案である。特に中道右派同盟や五つ星運動は,EU財政規律に縛られない考えを公言しており,加盟国の財政を監視している欧州委員会や他の加盟国との関係悪化が域内のリスク要因として危惧される。

 同国は名目GDP比132%とG7では日本に次ぐ水準の政府債務を抱えている。ここ数年は1%超の経済成長が続いているため,財政の持続可能性に対する懸念は債務危機の頃と比べれば後退しているとはいえ,毎年の財政収支は未だ赤字から抜けられておらず,財政再建の見通しが立っていない。欧州委員会がフランスやスペインの財政に対する監視を徐々に弱めようとしている一方,イタリアの財政が再び域内のリスク要因として目立ち始めている。

 ミラノにあるボッコーニ大学のカルロ・コッタレリ教授(元IMF財政局長)は,主要勢力の公約等に基づき,各々が政権に就いた場合の財政見通しを試算している。これによれば,中道右派連合の場合,政府債務は22年までに名目GDP比で135.8%にまで,五つ星運動の場合は同138.4%にまで増加するとのことである。イデオロギーの違いから蓋然性は低いものの,仮に五つ星運動と北部同盟で連立が組まれるようなことがあれば,財政の持続可能性という観点から,最も深刻な状況となり得よう。

 EUには,単年度で財政赤字が名目GDP比3%を超えないようにすること,政府債務残高を同60%未満に抑えること,構造的財政赤字を同0.5%以内にとどめるよう努めること,といった財政規律が存在する。この背景には,域内の経済ファンダメンタルズを収斂させることによって,将来的な財政同盟に繋げようとするブラッセル官僚等の意図もある。もっとも,画一的かつ硬直的な共同体ルールが個別国にとっての最適な財政政策運営を阻害している,という批判は多方面で根強い。

 イタリアはEU当初加盟の中核国であるにもかかわらず,他の中核国と比べ,EUやユーロに対する国民感情は近年相対的に冷淡である。ポピュリスト勢力が教育や職業訓練といった構造改革を掲げることなく,失業や低競争力の問題をブラッセル官僚等のせいにしてきたことが要因の一つである。イタリアではこれまでも人気取りのためにEUを攻撃する政治手法が度々取られてきているが,今回の選挙戦ではその傾向が一層顕著であった。新政権発足後は現実的な方向に軌道修正が図られる,と楽観するのは危険であろう。

 EUではマクロン仏大統領やユンケル欧州委員長が共同体予算の創設を提案している。これは域内の非対称なショックを緩和するための仕組みになることが期待されている。他方,ドイツをはじめとする財政の健全な北部加盟諸国は,こうした財政協調の仕組みが徒にイタリアなど南部加盟諸国における財政再建のインセンティブを阻害し,モラルハザードを助長すると警戒している。選挙前には,イタリアでレンツィ民主党党首が首相に帰り咲けば,マクロン大統領とメルケル独首相による共同体のリーダーシップに同氏も加わるのではという僅かな期待もあった。しかし,民主党の敗退やメルケル首相の求心力低下によって,EUの統合深化は再び停滞の瀬戸際に立たされている。

 財政協調は真の経済通貨同盟(EMU)の完成ひいては財政同盟の実現というEUの悲願に向けた重要なステップである。来年は,5月下旬に欧州議会の選挙が予定されており,秋に現欧州委員の任期が満了する。世界的金融危機以降10年振りの高成長にまで回復したEUにとって,次の危機が起きる前に現体制の下で域内財政協調の道筋を付けておくことが重要課題になっている。まさに,「雨が降る前に屋根を修理すべし」である。イタリアの新政権がどのような姿勢で今後の財政を運営していくのかがEUの命運を握っている。

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