世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1032
世界経済評論IMPACT No.1032

バノン派の逆襲は,あるか?:今後の米国政界再編の動向

吉川圭一

(Global Issues Institute(株) CEO)

2018.03.19

 コーン国家経済委員長が辞任を表明した時,チューリッヒにいたバノン氏は快哉を叫んだという。なぜ彼はチューリッヒにいたのか? それは欧州の反移民政党との協力関係を模索するためであった。

 私は3月12日アップの記事の中で次のように述べている。「バノン氏とも近しかった経済面からの対中強硬派のナヴァロ氏が,コーン国家経済委員長に代わって昇格すると言う情報もある」。だがコーンの後任にナヴァロがなるかは未定である。コーンと非常に似たグローバル金融論者で有名なテレビ経済番組キャスターのクドロウ氏の名前も取り沙汰されている。

 トランプ氏としては悩ましいところだろう。コーン辞任と鉄鋼等関税問題で,共和党主流派との間に再び隙間風が吹いて来たので,コーンに近い人物を選ぶ可能性も低くない。

 しかし逆にサンダース上院議員と周辺の議員が,鉄鋼等関税強化に関しては,国内雇用保護等の問題で,トランプを部分的にでも支持している。

 このような状況を見越したのか,バノン氏は単に中国やイランの脅威を喧伝する団体を起こすだけではなく,サンダース支持者の多くをトランプ支持に取り込む活動も始めるようだ。例によってネット戦略を駆使して1000万人の支持者を集めると豪語している。またロシアとの関係改善等に関しても,例によって意欲的で,それらに関して有力なトランプ支持者のローラバーチャー氏の支持も取り付けた。

 どうやら本格的な“バノン派の逆襲”が始まろうとしているのかも知れない。例えば先日テキサス州で行われた今年の中間選挙の予備選挙で,民主,共和両党共に極左,極右が穏健主流派と同じくらいか,より多く候補者を立てていて,勝率では極左,極右の方が高い。

 前述の関税問題でトランプを部分的に支持した民主党上院議員は,トランプが大統領選でヒラリーに勝った州選出で今年改選の議員ばかりである。そう考えると,バノンの戦略は上手く行きそうにも思える。

 しかし欧州の反移民極右と共闘するようなバノンと,サンダース等の極左が協力することは,人種問題からして有り得ないというのが多数の意見のようだ。

 しかし私は別の理由の方が大きいように思う。サンダースの政策は学費無料化にしてもSingle-Pay医療保険と言われるシステムにしても,既にエリートの人が,その地位から滑り落ちないようにする意味合いが深い。どんなエリートも払いきれないほど米国の大学の学費は上昇している。Single-Pay医療保険とはエリートも貧しい人も,近い内容の医療サービスが受けられるという意味で,エリートに相対的に有利なものだ。

 実際2016年にサンダースを熱狂的に支持したのは若いエリートが多かった。トランプ,バノン両氏が開拓した貧しい白人とは支持構造が全く異なる。

 この20代のミレニアム世代と言われる人々の政治的ニーズは非常に複雑である。グローバル経済に肯定的で,その中でエリートになることを望んでいる人は多いが,グローバル経済エリートとは,なれたとしても滑り落ちるリスクが高いことも分かっている。そのため今までの最初から貧しかった人向けのものと異なる新しい福祉政策を求めている。またカトリック信者であるヒスパニックが多い関係で妊娠中絶や同性愛結婚には慎重な人も少なくない。つまり既存の民主,共和両党の枠にはまらない。

 そのため彼らは2016年の選挙でも約70%が棄権している。今回のテキサスの予備選でも女性の民主党への積極的な投票は確認されたが,ミレニアム世代に関しては特に同様の報告は見当たらない。最近の補欠選挙でミレニアム世代の投票で民主党の候補が共和党の候補に勝ったケースは幾つか目立ったものの,それは選挙区特性や候補者の問題が大きかったのではないか?

 バノン氏はかねてから額に汗してモノつくりを行うような人々のための政党に共和党が脱皮すれば,ヒスパニックや黒人の支持も得られて,100年政権も夢ではないと言っていたが,このミレニアム世代のニーズを考えると,そう単純ではない。

 だが一つの鍵がある。ミレニアム世代は上記の今後の人生への不安から,共和党の支持基盤と言われる宗教保守派に改宗した人が,カトリックの筈のヒスパニックも含めて,25%以上もいる。バノン氏の考え方の背景にも,アメリカなりの伝統精神と言うべきピューリタニズムがある。

 もしグローバル経済と人工知能の発達により,1%のエリートだけが豊かになり99%の人が生活できない世の中になった時,最近いわゆるベーシックインカムの制度が導入され,99%の人も少なくとも最低生活は保証されるとする。それ自体が実現不可能だと私は思うが,実現したとして,そのような“飼い殺し”状態で人間は精神的幸福を得られる生き物だろうか?

 そのような“予感”もミレニアム世代の25%以上が宗教保守派に改宗している理由の一つではないか? そこにバノン氏的なものとサンダース支持者的なものとの真の接点があるように思える。そこにバノン氏が注目すれば,トランプ氏の再選とバノン氏の政権復帰という“バノン派の逆襲”の大成功が起こる可能性は,決して低くはないように思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1032.html)

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